5月16日 水曜日 黒板消しと赤の他人7
解釈なんかいらない。
そんな私の言葉に、彼はふっと微笑みを浮かべた。
「意外と、わがままだ」
まばたきより長めに目を閉じて、その瞬間をかみしめるように、淡く微笑む。再びもちあげられた瞼の奥の瞳は、さきほどよりも格段に凪いでいる。
「思春期ですから」
思春期のわがまま。青臭い響きだが、そういうことにしておこう。思春期は最大の免罪符だと思う。
「なんでも解釈しようとすると、思春期の高校生の相手なんてできませんよ」
「国語の教師なんて、解釈が仕事みたいなもんだぞ?」
ふん、だからなんだ。意地の悪いことを言ってみる。
「教師にならなければいいじゃないですか。ひたすら閉じ籠って研究やら解釈やらしてれば」
「いや」
彼が即座に否定したのは、意外だった。
「俺は、教師になりたいんだ」
そうか、そうなのか。教育実習をしているのだから、当たり前といえば当たり前なのだけれど。
照れやごまかしを、不純な虚勢を、一切混ぜることのない彼の言葉は、私の前にとても無防備に差し出された。
あまりに軽々と夢を語れる彼が少し妬ましい。時を経るほどに、夢は現実の重みを増し、語ろうと口を開くのが難しくなる。
私にとってはあやふやでしかない将来。それを見据える彼は、単純にすごいと思う。
ふっと思いが飛ぶ。昔読んだ物語に。
自分の夢をかなえるため、オズの魔法使いに願いをかなえてもらうために、黄色い煉瓦の道をひたすら辿ったドロシーと仲間たち。
彼女たちとは違って。
「黄色い煉瓦の道なんて、先生には必要ないんですね」
自分の進むべき道を改めて探す必要もないくらい、彼には進むべき方向がわかっているのだ。