5月29日 火曜日 黒板消しと青二才5
言いたいことはいろいろあるが何から始めていいかわからないのだろう倉橋くん。
言いたいことがなくはないが墓穴を掘りそうなので黙っている私。
言いたいことがあるのかないのかわからないが何か企んでいそうな彼。
教室は、ひたすら無言である。
無言のまま、倉橋くんは掃除用具入れの点検を再開し、私は前の黒板をふき始め、彼はなぜか私について教卓のそばに移動してきた。一番役に立ってないのこの人じゃないか。
まあ、それはともかく。
黒板掃除に集中しよう。そうすれば、たいていの雑念は払えるはずだ。
黒板消しを上から下に滑らせて、黒板をふく。黒板の下の縁、桟に当たるくらいまで黒板消しを下ろしたら、黒板消しを上の縁まで持ち上げる。黒板消しの幅だけ少しずつ横にずらしつつ、それを何度も繰り返す。
よし、集中集中。
黒板を半分ふき終わるか終らないかというときに、点検終わったんだけど、という遠慮がちな倉橋くんの声がした。
「理保ちゃん、手伝おうか」
この雰囲気の中でそんなことを申し出てくれるとは、なかなか勇気がある。でも、倉橋くんの勇気に感心している場合じゃない。
無言の均衡が、壊れた。
黒板消しを動かす手を止めて、適切と思われる言葉を探していく。
「えーっと、私ももう半分終わったし、倉橋くんは帰って大丈夫だよ」
「終わったなら帰れ。邪魔だ」
「いや、邪魔ってわけじゃないから。ただ手伝ってくれなくても大丈夫ってだけで」
「いてもいなくても同じだ。帰れ」
私が何か言うたびに、彼が言葉を重ねてくる。いや、いてもいなくても同じなのはこの人もじゃないか。何もしてないし。
とは思うけれど。
貶められるのは身内だからだ、などとまた言い出されると困るので、彼については言及しないことにする。藪蛇回避だ。
黒板消しを持ったまま、彼がいる教卓と倉橋くんがいる窓際の中間あたりを見据えて、懸命に普通の会話に引き戻そうとする。
しばらく黙ったまま聞いたあと、倉橋くんは笑い出した。
「なにこの同時通訳みたいなの」
この状況で笑えるとは結構図太いな。私なんか必死なのに。
「理保にいらないと言われていただろう」
彼は、先ほどの会話を蒸し返す。
クラスメイトに「いらない」発言って……。その言い方では、私がものすごく失礼に聞こえるじゃないか。
黒板消しを持つ手に力を込め、倉橋くん、つまり窓の方に向き直って訂正する。
「いや、あの、倉橋くんがいらないってわけじゃなくて、手伝いがいらないってだけだから」
彼の言葉を否定し、自分の意図したことを説明する。ついでにフォローしておくか。
「倉橋くんと一緒に美化委員ができてよかったと思うよ。雑用、じゃなくて、えーと仕事も円満に分担できるし」
うん、このフォローは上手くいったんじゃないか。ちょっと満足に浸ってみる。
けれども、それは簡単に覆されることとなる。
つまり要約すると、と彼が淡々と告げたのだ。
「黒板の掃除以外の仕事を押し付けられる便利な奴という認識だ」
ああ、確かに倉橋くん便利だよな。じゃなくて。
「さすがにそこまでは」
しっかり否定しておかなくては。
「『そこまでは』って……。理保ちゃん、ちょっとはそう思ってたってことだよね」
私から微妙に目を逸らしつつ、倉橋くんがぼそりと言う。
うああ、またフォロー失敗した……!
しかも墓穴を掘った!




