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5月29日 火曜日  黒板消しと青二才3

 なんだ、そうか、と安堵の息を漏らす。

 ついにライバル登場かと思った。それならあのじゃんけんに意味ないじゃないか。でもまあいいか。結果オーライということで。

 私が安堵をかみしめている間に、倉橋くんは教壇から降りる。

 前の黒板と窓の間にある掃除用具入れの扉をあけた倉橋くんは、あー、やっぱぐちゃぐちゃだ、一回出さないと数とか確認できないな、と嫌そうに呟いた。

 やはり黒板消し掃除ほどやりがいのある仕事はなかなかない。やりたくないことをやらなくて済むときが、美化委員はギブアンドテイクだな、と思う瞬間だ。


 さて。

 私も始めるとするか。

 両手を後ろに回してきゅっと髪をひねり、Yシャツのポケットから取り出したヘアピンではさむ。

「理保ちゃんって髪上げるのご飯のときだけじゃなかったんだ」

 プリントを一番前の机に置いて、こちらを向いた倉橋くんが言う。

「黒板消しを叩くときもだよ」

 へー知らなかった、と倉橋くんは頷き、掃除用具入れの中を覗き込んで腕まくりする。

 そういえば黒板消しを叩くのは、邪魔する人がいない放課後だけだ。倉橋くんが知らないのも当然である。

 そもそも私が放課後に黒板消しを叩くのも、たぶん誰も知らない習慣だろう。知っているのは1年のとき同じクラスだった直子と、最近やってくる教育実習生の彼くらいだろうか。


 つらつらと考えつつも、とりあえず後ろの黒板から黒板消しをひとつ回収する。

 ふむ、まあまあ汚れているな、と綾織りの面をちょっとばかり満足げに眺めながら、前の黒板に向かう。こちらでは3つ回収する。

 ベランダに通じる窓を開けている私に、掃除用具入れから箒をつかみだした格好で倉橋くんは声をかけてくる。

「点検終わったらそっち手伝おうか?」

「え、いらない」

 迷わずきっぱりお断りする。やりたくない人にやられるほどこの仕事は安くない、とまではいかないけれど。私がやりたくてやっているのだから、手出し無用だ。

 即答か、と倉橋くんは笑いつつ、今度はモップを引っ張り出す。結構いろいろ入っているものだ。

「じゃんけん勝ったんだし、やらせてよ」

 理保ちゃんお願い、と頼んでくるので、どうしようかな、と言葉を濁す。

 じゃんけんしたのは失敗だったかもしれない、と少し後悔しつつベランダに出る。


 黒板消しを片手にひとつずつ持ち、弱い力で叩き始める。曇り空にチョークの粉が舞う。

 開け放した窓越しにやり取りが続く。

「理保ちゃん譲るって言ったよね」

「言ったけど、手伝いならいらないし」

「手伝いじゃなくて、やりたいんだよ」

「本当にやりたい?」

「やりたい」

「今日だけ?」

「今日だけでいいよ」

 んー、仕方ないな、人生何事も経験ってやつか、と了承しようとしたとき、別の声が乱入してきた。

 放課後の教室で聞き慣れた、彼の声が。


「いらないと言われているだろう。さっさと帰れ、青二才」 


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