5月29日 火曜日 黒板消しと青二才1
見つめれば見つめるほど、意味が失われていく。
「ここに、こんなに埃が」
放課後の教室に入ろうとするなり、そんな言葉を投げかけられた。条件反射で答えを返す。
「ごめんなさいお義母さま! まだそこは掃除が終わってないんです」
今来たばかりなのだから、実際黒板の掃除は終わっていない。
「口のきき方はなっていないわ、仕事は遅いわ、出来の悪い嫁だね。まったく、恥ずかしくて世間様に顔向けできないよ」
嫌味を浴びせられる。
「そこまでおっしゃらなくていいのに……! ひどいですお義母さま!」
唇をかみしめて、教壇の上に立つ「義母」を睨みつける。
「自分の出来が悪いのも棚に上げてよくそんなことが言えるね」
ねちねちと意地悪く言われて、耐えきれなくなる。
かみしめていたはずの唇を解放し、笑ってしまう。
「……なんかバージョンアップしてる」
笑いつつも、しみじみと感心して感想を述べる。姑のいびりが進化している。
「最近こんな感じのドラマ見ちゃって」
ちょっと参考にしてみた、とこちらに笑い返すのはもうひとりの美化委員倉橋くんだ。部活が終わってから来たらしく、もう帰るばかりだとでも言うように制服に着替えが済んでいる。
サッカー部に所属している倉橋くんは、たいてい体育着とウインドブレーカーで過ごしているので、制服姿を見るのはめずらしい。
今日は私の部活はないが、部活がある日もない日もだいたい同じ時間に来るようにしている。いつものように図書室でのんびりしてから教室にやってきたら、いきなり嫁姑ジョークを仕掛けられたというわけだ。
初めはいつもやってくる教育実習生かと思ったが、倉橋くんだったのでかなりびっくりした。
それでも普通に反応を返せたのだから、条件反射というものは恐ろしい。
でも、倉橋くんがなんでいるんだろう。
廊下に立ち止まったままだったので、疑問に思いつつも教室に入ることにする。
自分の状況を考えて、思い当たる。
放課後の教室に美化委員がふたり。
もしや、これは。
倉橋くんも黒板消し掃除を狙っているのか。
先週の委員会のときには否定していたが、よく考えてみるとやりたくなったとか。うーん、どうしよう。
教壇に上がりつつ、倉橋くん、と呼びかける。
握手を求めるように、倉橋くんに向けて右手を差し出す。しかし、握手ではないのは一目瞭然だ。手を握るには距離が離れすぎているし、差し出された私の手は握り締められている。
戸惑ったような倉橋くんに向けて提案する。
ここはひとつ公平に。
「じゃんけんしようか」




