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5月28日 月曜日  黒板消しとブラックマンデー4

 部活が終わる。

 女子しかいない部員が、かわるがわる窓から首や手を突きだし、雨粒を直に感じようとする。今日は顧問の先生がいないので、誰もその様子を注意したりはしない。

 顧問がいないとほぼ自主練習のようなものだが、いつも出席率は意外と良い。

 私も開いた窓から外を見る。

 雨ときどき雷というよりも、間をおかずにびりびりと音を響かせる雷がメインで、大粒の雨が申し訳程度にぱらぱらと散ってくる。


 放課後、教室に行くか行かないか。難しい問題はできるだけ先延ばしにするのが、テストで高得点をとるポイントだ。

 というわけで、私は本日荷物持参で第二音楽室に来ている。いつもは、教室を出てすぐのところにあるロッカーに荷物を入れて部活をし、教室で黒板と黒板消しの掃除が終わったら荷物を持って帰る。

 鞄を持ち上げた私を目ざとく見つけたらしい。自分の荷物を手に直子が寄ってきた。

「理保、教室寄らないの?」

 楽譜をリュックに突っ込みつつ、直子は尋ねる。

「んー、どうしようかな、と思って」

 どうしよう。どちらでもいいようにと荷物を持ってきたけれど、そうすること自体が逃げていることにならないだろうか。どうしたらいいのだろう。

 窓が閉められて、ざわざわと部員がはけていく。

「めっずらしー。どしたのさ?」

 出ていく部員たちにひらひら片手を振りながら、直子は私に問う。

 直子と私に会釈したり手を振り返したりしつつ、部員がまとまって出ていく。「今のうちなら雨もそんなに強くないし気合いで帰れるかも」「でも雷すごいじゃん」「そうそう。傘ないならちょっと待った方がいいって」「でも傘って逆に危なくない?」「あー雷だし?」などとしゃべる声が、廊下から聞こえてくる。

 どうしたのかと問われて、どうしたのか自分でもよくわからない。

「まあ、ちょっとね」

 言葉を濁す。


 逃げるな。

 逃げません。


 逃げないと宣言したのに逃げようとしている私は、弱い。どうしようもなく情けない。

 でも私に逃げないと約束させ言質をとって、そのうえであの放課後恐怖劇場をやらかした彼は、ちょっと卑怯だと思う。ちょっとというか、結構ひどい。何が「殺してみようか」だ、まったく。こわいじゃないか。

 だからといって、私が逃げていいというわけにはならないし、私が逃げるのも彼のせいではない。

 私が恐れるものは、あやふやで、はっきり言葉にできない。

 芳賀佑介、という名の彼は、いったいどんな人なのだろう。

 わからないからわくわくしていたはずなのに、今はわからないからこわい。

 そして、そう感じる自分のこともわからなくなってくる。


 この部屋に残っているのは、直子と私だけになった。先ほどまでの騒がしさから急に、大粒の雨が窓に当たる音すら聞こえるほど静かになる。

「理保、スーツ男となんかあった?」

 いきなり、直子が核心を突く。

「うーん……あったというか、これからある予定というか……」

 私のことを好きになる予定だ、と彼は言った。それならば、その予定の日がくるまでのこの期間は、いったい何なのだろう。

 わからないから、こわい。

「意味わかんない」

 あっさり言い捨てて、ま、いっか、と直子はからりと笑う。

「どうせなるようにしかならないんだし」

 なるように、ってどうなるんだろう。そう訊こうとした私をしっと遮って、直子は何かに耳をすませるようにする。直子につられて、私も耳をそばだてる。

 足音が、聴こえる。ひとりのようだ。

 びりびりと窓ガラスを震わせる雷と、ぱらぱら窓を叩く雨粒に混じって、こちらに近付いてくる足音がする。

 しばらくそのままでいた直子が、私に笑いかける。


「ほら、迎え来てるよ」


 直子が視線を投げた入口には、彼が立っていた。

「え」

 驚きのあまり何も言えなくなる。何と口にしていいか迷い、結局すべて言葉を飲み込む。

「大縄をすると、宮内理保がついてきます、ってね」

 いつまで有効かわかんないけど、ま、今は有効ってことか、と直子は私を覗き込んで言った。

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