5月28日 月曜日 黒板消しとブラックマンデー3
陽射しはかなり強い。
風が吹いて木の枝が揺れるたびに影が動き、先ほどとは違う場所に光が差す。長袖の体育着を身につけているので、日が当たるたびに手首から先がじりじり焼ける。
ああ、日焼けというのは低温やけどなんだよな、と場違いなことを思う。
ざっ、ざっ、ざっと、規則的なリズムで砂が削られていく。縄に近いところで待機していると、ぴちりとはねた砂が頬に当たる。痛くはないが、ちりりとする。
なんで、私も大縄なんかしているんだろう。
いわゆる8の字というやり方だ。縄が上にくるまでに走り込み、足元にくる縄の上で跳ねて、縄が上がったら来たのとは反対側に駆け抜ける。反対側から同じことを繰り返す。
これを延々と繰り返すのだ。そう、誰かが引っ掛かるまでは。
スーツ姿の実習生約一名と、今日体育はないはずなのになぜか体育着姿の1組の女子有志(直子含む)と、6組の女子有志と、私。
私も6組女子ではあるが、大縄をする志がないので有志ではない。そこをお間違えなきように。
なんで3時間目が体育だったのに昼休み中ずっと大縄しないといけないんだ、ということで6組からの参加者は1組より少ない。私だってそう思う。
合唱部はたまに腹筋も鍛えるがいちおう文化部なので、体力には自信がない。
何といっても、一年次に行った体力テストの総合結果のアドバイス欄に、「一生懸命やったんだからしょうがないよね!」というフレンドリーなわりに失礼極まりない文字が刻まれていたのを忘れない。
体力テストは結果判定を外部の会社に委託しているため、やたらきれいにカラー印刷されたプリントが返ってきた。そこに「しょうがないよね!」とはびっくりだ。なんなんだ、あの会社。
それならまだ「日頃から時間があるときにクルミを握っているといいよ!」(握力)とか、「まだまだ間に合う! 今から頑張れば老後は大丈夫!」(シャトルラン)とかのコメントの方がましじゃないか、と思えるほどの衝撃だった。
体力テストの結果判定をあの会社に委託するのはやめたほうがいいんじゃないか、と一時期真剣に考えた。でもまあ、私の結果を見た直子が笑っていたのでよしとすることにした。とりあえず楽しめる人がいるならそれでいい。
まあ、私の体力はともかくとして。
大縄はスリル満点だった。いろいろな意味で。
人数にさほど余裕がないので、8の字で反対側に行ったらすぐに列に並ばないと間に合わない。永遠に続く一筆書き、8の字。なんでこんな、終わりが区切られない遊びが楽しいと思えるのだろう。まあ、実際やってみると楽しいんだけれど。
縄を回す係は、最初はじゃんけんで決め、誰かが縄に引っ掛かったらその人が代わりに入ることになっている。
スーツ姿の彼は、結構軽々と飛んでいたが、ときたま頭が縄にこするのには少し驚いた。背が高いのも結構大変だな、と感じてしまう。
初めは頭だけ見ていたが、ふと足も革靴なのに気付いた。
ほんとよくやるな、この人。順番を待ちつつ、縄の向こうに駆け去った彼を眺める。
そのとき、不意に。
たぶん今日初めてまともに、彼と目が合った。
これは、まずい。
引っ掛かったら、つかまる。
彼と目が合った瞬間、察知してしまった。
縄に引っ掛かったら8の字から外れる。群れから外れたものが狩られるのは、野生の習い。
私に大縄に対する志が芽生えた。これで私も立派な有志だ。ちょっと違うか。
ええ飛びますとも飛びますとも飛んでやりますとも。
1回も引っ掛からず見事この昼休み終えてやりますともさ。
実際、やった。
いえす、あいきゃん。
いや、キャンは「何々する能力がある」という意味合いが強いので、「実際にできる」というビーエイブルトゥーを用いた方がふさわしい。
私にいつも大縄に引っ掛からないだけの能力はない。この場に限ってできただけだ。火事場の大縄力。なんでこれが体力テストのときに発揮できないのか、少し惜しい気もする。
けれども。
引っ掛からなかったことはいいのか悪いのか、それは別の問題だ。
金曜日に結果的に逃げてしまったことを謝りたくて、大縄の最中に彼に話しかけようかと思った。でも、私は彼のことをあまりにも知らないから、彼のことがわからないから、こわくなる。
タイミングがつかめないことを言い訳にして、私は昼休みが終わるまでひたすら8の字を巡り続けた。
ぐるぐると、永遠に続く一筆書きをなぞって。
いつしか昼休みが終わる5分前のチャイムが鳴って、1組の女子に囲まれる彼を尻目に校舎に戻りつつ、自己嫌悪に陥ってしまう。
結局話すことはできなかった。
わざと、タイミングを見逃し続けて。一生懸命話しかけようとはしたけれど、できなくて。
一生懸命やったんだからしょうがないよね、なんて。ああ、嫌な言い方だ。
やっぱり体力テストの判定を委託する会社は、変えた方がいいんじゃないか。
まあ、これも別の問題だけれど。




