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5月28日 月曜日  黒板消しとブラックマンデー2

 そして昼休み、直子は4時間目終了のチャイムが鳴るのとほぼ同時くらいに来た。勝手知ったる他人のクラス、とばかりに当然のように入ってくる。

 それはいつものことなのだけれど、直子の格好がいつもと違う。

「なんで、体育着?」

 直子のクラス今日は体育ないよね、と確認すると、ま、暑いしちょっとね、とごまかされた。


 昼休み。直子。体育着。

 キーワードは、あとひとつ。

 嫌な予感がする。


「お、来た来た、スーツ男」

 今日も相変わらずスーツだねえ、ここまで徹底すると逆に感心かも、と直子は本当に感心したようにしみじみと頷く。

 スーツ男。

 キーワードが、揃ってしまった。

「スーツ男運動音痴仮説」は諦めたと思ったのに。

 廊下をすたすたと歩いてきた彼は、後ろの入り口から教室に入ろうとして、教室の中を見るともなしに見る。眼鏡の下の瞳は私に辿りつく前に直子に留まったらしく、そこから首が反対周りをし始めた。

「あんたは扇風機か」

 直子が突っ込み、そのあとで、やっぱあいつ変っぽいよね、と少し楽しそうに呟く。

 彼は、自分は何も見ていないという様子で首を同じ速度でゆっくり廊下側に戻すと、そのまま歩き去ろうとしている。

 ご愁傷さま。それで直子の標的を外せると思ったら甘い。


 直子は私の右腕をつかむと、ずんずんと廊下に出る。

 あれ。なんで私も連れて行かれるんだ。

 歩きながら、スーツ男って名前なんだっけ、といういまさらな感じの問いを直子に投げかけられたと思ったら、ああ別に理保が呼べばいいじゃん、ちょっと呼んでみて、と要求された。

 直子には、逆らわない。

「芳賀さん」

 すたすたと歩く彼の後ろ姿に向けて、呼びかける。

 そういえば放課後以外で彼の名を呼ぶのは初めてかもしれない。ふとそう思う。

 遠慮がちにというよりは、届かなければいいのにという思いが込められた声で、彼の名を紡いだのは一度だけ。昼休みが始まったばかりの廊下は騒がしい。届かないかもしれない。

 それなのに。

 彼は歩みを止めた。

 振り向いた彼が私に焦点を合わせる前に、ども、お久しぶり、と直子は口を開く。 

 私の右腕に、直子の左腕がからめられている。私より頭半分ほど背の高い直子の方を窺うと、直子よりもかなり上背がある彼の方を見上げてにやりとしている。


「ただ今昼休みに大縄をすると宮内理保がついてきます。センセーも、どうぞ?」


 私が抗議の声を上げる暇もなく、数に限りがありますよ、なんたってひとりですから、と直子は言葉を進める。

 私の叩き売りか。いや、私は大縄のおまけ扱いだけれど。

 少し目を見開いて思案してから、彼は答える。

「ああ。でも俺は」

「よし、確保」

 最後まで聞かず、私の腕をつかんだまま今度はずんずん教室に戻った直子は教壇に登る。

「はいみなさん注目っ」

 直子は他人のクラスの教卓にばんっと右手をつく。クラスの視線が集中する。


「ただ今大縄をすると、無料で……6組の教育実習生がついてきます。みんな、やらない?」


 ていうかやるよねやりたいよね、毎日スーツのあの人と大縄だよ、めったにできないよ、と直子は煽り文句を重ねていく。

「やる人は5分以内に校庭に集合、目印はこちらの実習生でーす」

 大袈裟な手振りで、廊下に立っている彼を示す。

 なぜか直子と一緒に教壇に立ちながら、絶対「スーツ男」の名前覚えてないな、直子、とぼんやり考える。

 しかも私のときは彼と違い「無料で」がつかなかった気がする。無料でないことに喜べばいいのかそうでないのか。謎だ。まあ人間の価値は金じゃないしな、うん。

 じゃあ行こっか、スーツ男が来る前に、と直子に半ば引きずられるようにしながら昇降口に向かっていく。


 2年生の教室がある2階から1階へと降りる。

 さすがに階段は危ないので自発的に降りたけれど。

 昇降口に向かいつつ振り向くと、教育実習生は来客用の玄関に靴が置いてあるのだろう、彼はそちらへとひとり歩いていくのが見えた。

 彼は、逃げないのだろうか。

 ちらりと思う。

 私だったらここでこっそりフェイドアウトするな。なにしろスーツで大縄(直子付き)だし。

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