5月25日 金曜日 黒板消しと金魚掬い8
この人の本気の冗談はこわい。そもそも、ここまでこわい発言を「本気の冗談」で済ませられる彼もこわい。
どうしよう。しばらくひとりで放課後の教室に残れない。こわすぎる。
びくびくと黒板(と彼)から目を背ける私の様子を察したらしく、彼は優しく申し出る。
「ひとりがこわいなら、来週も放課後に来てやってもいいが」
「一番こわいのは芳賀さんですっ!」
まさかこの人わかってないのか? さっきの自分の発言忘れたのか?
あんなこと言われたあとに、にこにこありがとうございますなんて答えると思っているなら、大間違いのこんこんちきだ。
と思っていたらさらにとんちきなことを言いだされる。
「それは『まんじゅうこわい』の『こわい』と同じ意味か? 随分と積極的な」
……なぜ落語?
えー、毎度ばかばかしい噺を一席。
男たちが怖いものを告白しあうなかで、ある男が「まんじゅうがこわい」と言った。その男を怖がらせようと、皆で金を出し合ってまんじゅうを買い、男に差し出すとこわいこわいと言いながらも全部食べてしまった。
そして男は食後にひとこと、「今度は熱いお茶がこわい」。
おあとがよろしいようで。
……いや、よろしくない……!
「違いますから! 絶対違います、解釈おかしいですよ」
なんでそんな好意の裏返しみたいな「こわい」に結び付けられるんだ。誰がどう考えても、辞書の説明の一番目に出てくる意味での「こわい」に決まっているじゃないか。
しかしおかしいな、と彼は首をひねる。
「口説くときには、冗談のひとつも言えないとだめだと聞いたんだが」
なんだ、その大嘘情報は。もうエイプリルフールは新暦も旧暦も過ぎているのに、ものすごい嘘だ。誰にそんなことを吹きこまれたんだ。
だいたいさっきのあれを本気で冗談だと思っているのか、この人は。
問いただしたいことはたくさんあるけれど。
ここはひとまず。
退散しよう。
「かっ……帰ります。さようなら」
いや、逃げないとは言ったけれど。うん、これは逃げてるんじゃない、戦略的撤退だ。
かなりぎこちない礼をして、別れを告げる。
廊下に駆け出すとロッカーに入っていた荷物をひっつかみ、急いでその場を離れる。
あーこわかった。というかこわい。あの人こわいよ。いや、「まんじゅうこわい」の「こわい」じゃなくて。
廊下をぱたぱたと駆け抜け、階段を下る。
もうやだ学校行きたくない。
いや、まだ帰ってすらいないんだけれど。
先週末も同じようなこと思ったな、と頭の片隅で考えつつも、昇降口へと向かう足はゆるめられることはなかった。
もうやだ、恐怖の実習生。
教育実習10日目のお話です。
新登場人物ナメクジウオきました(嘘)




