5月25日 金曜日 黒板消しと金魚掬い7
体を強張らせたまま、彼を見つめる。
逃げたいのに、彼から目が逸らせない。
「というのは冗談だ」
え。
力が抜ける。
冗談ってことは。
「冗談、って嘘ってことですよね……?」
疑わしげな声で、確認してしまう。
「俺が素面であんな妄想的かつ犯罪的な思考をするわけないだろうが」
心外だ、という響きをにじませて、平然とした顔で彼は言い切る。
……妄想的で犯罪的な冗談というのは、やっぱりまずいんじゃないかと思う。こわかったし。
「……嘘はつかないって言ってませんでしたっけ」
完全には安心しきれずに、念を入れて問う。
旧暦エイプリルフールの際に、嫌というほど思い知らされた。
「四月馬鹿だのなんだのと、言い訳をひっつけなければつけないような嘘は気にいらない。嘘をつくときは正々堂々とつく」
正々堂々とついた嘘があれとは、まさかの趣味の悪さだ。この人大丈夫か。
ああでも、ああいう説話は実際にあるし、と彼は微笑んで付け加える。
「お前を失いたくないのは嘘じゃない」
そう言ってくれて嬉しいです。……なんて言うわけないでしょうが!
「もうやめてくださいね! すごくこわかったんですから」
「ちょっと本気出して冗談言ってみただけなんだが」
淡々と彼は言う。
突っ込みどころが多すぎてかえって何も言えない。
本気の出し方が間違っている。絶対間違っている。
「私ホラーもスリラーもほんっとうにだめなんです!」
「ほう」
良いことを聞いたとばかりに目を細めつつ、彼は追及の手を弱めない。
「お前の憧れの非日常とやらにはそういう輩もたくさんいるだろうに」
「いや、いるのはわかってるんです。それを下手に信じているからこわいんですって」
そこに何があるのかわからないからこそ、わくわくする。そんな非日常に憧れてはいるけれど。
次に何が起こるかわからないという意味では、ホラーやスリラーもまた非日常である。
物事には都合のいい部分だけではないとわかっているから、私は非日常に潜む恐怖の存在を否定しきれない。非日常にも日常と同じくらいには不愉快な部分があるのは当然、と思うようにしている。
日常を送りつつ非日常に憧れるには、ある程度現実的な思考が必要だ。例えば、私はこんなはずじゃなかった、と空想に逃げ込まないために。本当の私は別な世界にこそある、と日常を否定しないために。
未知の世界は、良くも悪くも未知である。どんなわくわくすることが待っているかわからないということは、裏返せば一寸先は闇なのだ。
私は非日常に憧れるという行為に、ある程度ではあるが責任を負っている。それは、非日常の、自分に都合の悪い部分を否定しないこと。
そう、ホラーでもスリラーでも。
私の基本姿勢「とりあえず信じてみる」ことの弊害といえば弊害だ。
「ほう、なるほど。ほら、黒板の裏側には」
教壇の上に立った彼は、こつん、と黒板を叩く。
そこにいるナニモノかに呼びかけるように。
いや、それは確かに私が昨日やったことだけれども。
彼の笑えない冗談のあとでは恐ろしさが違う。
なんというか、ちょっぴり悟りを開きたくなるくらいの嫌がらせだ。
「やめてくださいって! こわいじゃないですか!」




