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5月25日 金曜日  黒板消しと金魚掬い5

「掃除は終わったのか」

 急に気が付いたように、彼は尋ねる。

「まあ、だいたいは……」

 曖昧に答える。何もすることがないのに教室に残っていたなんて、まるで彼を待っていたようじゃないか。彼にそう思われるのかと思い当たると気恥ずかしくなる。いや、実際少し待っていたけれど。


 彼はふっと微笑んだ。

 せっかくだし少し話でもするか、と廊下を向くような形で教卓に背中を預けて、こちらに顔だけ向ける。

 後ろの黒板のそばに立つ私と、前の教壇の上にいる彼とは、並べられた机と椅子に隔てられている。


 出典は忘れたし話もうろ覚えなんだが、と断ってから、彼は語り始める。

 低いけれども低すぎず、耳にすうっと入ってくる声は、聞いていて心地よい。

「下働きの少年が、仕え先の姫に恋をした。その姫の引き立てで読み書きなど知識を学ぶようになるが、姫は亡くなってしまう。悲しんだ少年は出家する」

「悲恋、ですか」

 死によって引き裂かれる恋。こういってはなんだが、よくある話だ。

「ここまでなら確かにな。実はその姫は菩薩さまだかなんだかで、少年に悟りを開かせるために、この世に姫として生まれて死んだ、らしい。結局少年は偉い坊さんになって、めでたしめでたしという話なんだが」


「めでたくないでしょう、それは」

 失った恋、失くした想いの行方。悟りの代償は大きい。

 悟りのためにそこまでするか。世の中には神も仏もない、と嘆きたくなる。あ、悟りって仏の道だっけ。

「そう思うだろう。半端じゃなく回りくどい嫌がらせだ。試練を与えるにもほどがあるだろうに。いくら悟りのためとはいえそこまでするか、と呆れたな。こんな新手の結婚詐欺みたいな事情で好きな女を失ったら、悟りどころか人生投げだしたくなる」

 

 もうちょっと具体的に想像してみる。

 あなたが好きです。

 ごめんなさい、実は私、あなたに悟りを開かせるために人間になっているだけなのです。人間の私は死にますが、そういうことなので頑張って悟っちゃってください。

 ……うーむ、これは確かに試練と言うか詐欺だ。しかも自分が生きているうちは、仏さまだとかいう相手の思惑に気付くこともない。


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