5月25日 金曜日 黒板消しと金魚掬い4
「不愉快だ」
顔をしかめて彼が言い捨てる。
そうか、不愉快か。
いきなり突き放されたような感覚を覚えて、身勝手な自分を恥じる。
自分の思いを押し付けるように、唐突に語ってしまった。
謝ろうとすると、彼が再び口を開く。
「喩えが悪い」
彼は続ける。
「何が金魚だ。俺を殺すな、縁起が悪い。それに、金魚だってな、そうすぐ死ぬとは限らない」
「はあ……」
どう言っていいかわからなくて、気の抜けた相槌を打つ。
いいか、理保、と彼は語り始める。
「俺はな、縁日で買ってきたカラーひよこがニワトリになるまで育てた奴を知っている」
カラーひよこって、なんというか時代を感じさせる。
私が幼かったころあっただろうか、と思い出してみる。いや、なかったな。縁日に色とりどりのひよこがいるなんて、昔のドラマでしか見たことがない。
「ちなみに、そのニワトリはどうしたんですか」
まさか鶏鍋じゃないだろうな、と危惧しつつ尋ねてみる。
「家で飼えなくなって小学校の鳥小屋にこっそり置いてきた、らしい」
なんだ、最後の「らしい」って。まあ、鶏鍋は免れたようなのでよしとするか。
彼の話は終わらない。
「縁日で釣ってきたカメが長生きしすぎて巨大になった奴もいた」
また妙な例をもちだしてきた。カメ釣りは、まあ見たことがある。
ペットは成長してからのことも考えて飼い始めましょう、と警告していたニュース番組を思い出す。
「ちなみにその」
カメはどうしたんですか、と私がすべて言い終える前に、彼は説明する。
「これも小学校の池に放してきた、らしい」
さっきからわざとらしく「らしい」と付け加えられるのが気になる。
「それってニワトリを置いてきた人と同一人物じゃないですよね」
「今それは関係ないだろう」
関係ないけれど、なんとなく引っ掛かる。もし同一人物なら、ニワトリやカメが連れていかれたという小学校は、かなりすごいことになっていたんじゃないだろうか。
「えーと、つまり何が言いたいんですか?」
彼の意図をつかみきれないので、尋ねる。
「俺はそう簡単にいなくならない。安心して情でもなんでも移せ」
表情も変えずに、彼は言い切る。
そういう結論か。ちょっと安心してしまう自分がいる。
でも、気になるのは。
「あの、ニワトリとカメの話は何の関係が?」
「まあ、喩え話だ。古来思想家は、抽象的な概念を身近なものに喩えることで、己の思想を伝えた。孔子も孟子もキリストも、やたら喩え話が多い。それに倣ったわけだ」
小難しい話にすり替えてごまかされた気がする。
「喩え話、ですか? 金魚じゃなくてニワトリとカメにしたのにはどんな意味が?」
ごまかされてなるものかと追究してみる。
「まあ、サカナよりはトリかカメの方がヒトに近いだろう」
ちょっと目を逸らし気味に、彼はぼそりと言った。
……なんだそれ。似非進化論か。
思わず噴き出す。
「自分だって喩えが悪いじゃないですか」
ものすごく説得力がない。あまりにも適当すぎて、思わず笑ってしまうほどには。笑いを収めきれないままに反論する。
「人間の祖先はナメクジウオらしいですよ。生物の先生が言ってましたけど」
「それはかなりどうでもいい」
「いや、どうでもいい話をもちだしたのはお互い様では」
まあそうかもしれないな、とやっと彼は小さく笑った。




