5月24日 木曜日 黒板消しとエメラルドの都7
私の意図とはまったく違った解釈をして。
私が慌てるのを見ておもしろがるように目を細めて。
そんな彼に、呆れているはずなのに。
いらついてさえいるはずなのに。
それなのに。
なんでこんなにわくわくするんだろう。
まだ見ぬ非日常に対する憧れと少し似た、この人に対する興味のようなもの。
それを辿っていけば、行き着けるだろうか。
ノックをしても誰も答えない、黒板の裏側へ。
夢を叶えてくれる魔法使いがいる、エメラルドの都へ。
「黄色い煉瓦の道を辿れ」
そうすればエメラルドの都に辿り着く。
昔読んだ「オズの魔法使い」にでてきたフレーズを、そっと口に出す。
「なんだそれは?」
そういえば前も言ってなかったか、黄色の煉瓦とかなんとか、と彼がいぶかしげに眉を寄せる。
さすがの彼も、知らないことは解釈できないらしい。ちょっと勝った気がして快感だ。
まだ、教えない。
問いに問いを返してみる。
「なんで古典以外の知識はあんまりないんですか」
「国語教師に必要なことを先に身につけただけだ」
少しすねたように彼は言う。
「徒然草にも出てくるだろう、偉い坊さんになったらあれしようこれしようと、馬に乗る練習やら酒を飲む練習やら頑張って、結局肝心の修行をする時間がなかったという男の話が」
弁解めいたものまで引用をしてくるとは、なかなか徹底している。
「よくぽんぽん出てきますよね、いつもいつも。そういう知識はあるんですね」
「大事なことは先にやるだけだ。やらないとは言っていない」
少し目を逸らしぎみに、彼はぼそぼそ口を動かす。
「古典、好きなんですか」
前から気になっていたことを尋ねてみる。
「別にそこまでじゃない」
ただまあ、と笑みを浮かべて彼は続ける。
「説教するときに古典を引用しておいたほうが説得力ないか?」
「どんな理屈ですか」
説得力って、そういう問題か。
楽しそうに笑う彼は将来を見据えていて、きっと説教だけじゃなくて普通の会話にもやたら引用の多い国語教師になるんだろうな、と想像するとなかなか微笑ましい。
そのお説教に説得力があるのかは疑問だけれど。
まだ掃除が途中だったことにふと気付く。
さて、彼に背を向けて、黒板をふくことにしよう。
黄色い煉瓦の道を辿れ。
夢を叶えるためにエメラルドの都を目指し、黄色い煉瓦の道を辿ったドロシーと仲間たちのように。
私の進むべき道も、はっきりわかればいいのに。
そして。
その道を辿れば、見つかるだろうか。知らなくて、知りたくて、待ち望んでいた何かに。
まあ、エメラルドの都にいるのは魔法使いではなく、詐欺師だという可能性も大いにあるけれど。
教育実習9日目のお話です。




