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5月24日 木曜日  黒板消しとエメラルドの都3

 きれいになった黒板消しを4つ抱えて教室に戻り、後ろの黒板に黒板消しを置く。

 席を縫って教室を横切ると教壇に上がる。

 教卓を挟んで反対側に、彼が肘をついている。


 まだらにチョークを消した跡が残っている黒板に、軽く握った右手の中指を当てる。

 こんこん、と黒板を叩く。扉をノックするように。

 軽い音が響くのは、空洞の証拠だ。


「黒板の裏側って空洞なんですよね。何が隠されているのか、って考えたことありません?」


「……どんな思考だ。ファンタジーか」

 私の問いに直接の答えは返さず、彼は呆れたように眉根を寄せる。

 ファンタジーという言葉がものすごく似合わない人だ。彼が語る古典の世界は十分ファンタジーだという気はするけれど。

「そんなにファンタジーじゃないですよ? 昔の校長の隠し財産とか、白骨死体とか……まあ、何か棲んでるのかなーって想像が一番楽しいですけど」

 もう一度、こつん、と中指の関節を黒板にぶつける。もちろん、答えはない。

「芳賀さんは、そう考えたことありません?」

「ない」

 きっぱり即答されてしまった。まあそうだろうとは思ったけれど。

「……私は、結構考えますよ。夢が見たいのかもしれません」


 私はずっと夢見ている。

 この世界にはもっともっと、私の知らない何かがある。

 だから、とりあえず信じるのだ。

 放課後に教室を片づける小人さんも、高校生に紛れ込む天使も、黒板の裏側に棲むナニモノかも。私はその存在を否定したくない。こっそり、心の片隅に住まわせている。

 だから私は、とりあえずは信じてみる。

 彼の言葉も、また。

 彼が指摘した通り、ほとんど無批判に受け入れることは、向き合わないことと同じだともいえる。なんでも信じてしまうのでは、信じることの重さがなくなる。

 けれど。

「とりあえず信じてみる」のが、私が世界と向き合う基本姿勢なのだ。

 彼が前に言ったように、私は推理小説の良き読者というやつなのかもしれない。真実を暴くのは他人任せにして、すべての可能性をとりあえず受け入れている、決して探偵役にはなれない読者。


「どうするべきかわからなかったら、とりあえず信じてみるんです」


 でも「信じてみる」のは、「とりあえず」にすぎない。何もかも信じてばかりでは、生きていけないのはわかっているから。


 受け入れるか、拒むか、「とりあえず信じ」たままにしておくか。

 私はきちんと決める。



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