5月24日 木曜日 黒板消しとエメラルドの都2
信じてくれるのはありがたいんだが、と歯切れの悪い調子で彼は言う。
「そう簡単に信じられるのも対応に困る」
困る、のか。彼の意図をつかみれないままに、黒板消しを叩き続ける。
「そういうものですか」
かなり強めの力で叩いても、もうチョークの粉は出てこない。
よし、この黒板消しはきれいになった。
室外機の上に置いておいたもうひと組の黒板消しを手に取り、ゆるい力で叩き始める。
「言っただろう。解釈をしないと、何も始まらない。解釈を諦めることは、わかろうとする努力を放棄することだ、と」
「そうでしたっけね」
そういえば、初めて会話したときにそんなことを話した気がしなくもない。緊張したせいで細かい会話の部分は曖昧になっているけれど。
「俺の言ったことが、お前に解釈されて、きちんと届いているのかわからない」
ぱん、ぱんと、ゆっくりしたペースで黒板消しを叩きながら、彼の話に耳を傾ける。
だから、と彼は言った。
「もしそうしたいなら、拒んでほしい」
「……どういうことですか?」
信じてほしい、受け止めてほしい、正しく解釈してほしい。
それならわかる。
でも、「拒んでほしい」とはどういうことなんだろう。
「受け入れることだけが理解ではない。拒むことは、相手に説明の機会を与えることでもある」
彼の言葉は淡々とした調子だが、慎重に言葉を選びつつ語っているのがわかる。
「例えば、平安時代の恋なんかは、男が文を送ってもなかなか返事を返さないのが当たり前だ。今まではなかった返事が、初めは侍女の代筆で、そしていずれは本人の手跡で男のもとに届けられる。この過程を通して、心を通わせていくことになる」
拒むことで、相手に説明の機会を与える。だんだんと理解が進むにつれ、心が通う。
彼の言いたいことがなんとなくわかってきた。
でも、お前は、と彼はいったん言葉を切ってから続けた。
「受け入れているように見えても、手ごたえがないから不安になる。お前が、向き合ってくれているのかわからない」
ああ、そうなのか。
そんなふうに思われていたなんて、知らなかった。
でも、それは。
「向き合っていないわけじゃないですよ。そう思われてしまうかもしれませんけど」
黒板消しを叩き終えて、言葉を返す。
「ただ、とりあえずは信じることにしているんです。それはそういうものなのだ、と」
「どういう意味だ」
すぐには答えない。なんと説明すればいいだろう。
ひとまず教室に戻ることにする。




