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5月16日 水曜日  黒板消しと赤の他人4

 私と黒板消しとの放課後のひとときに、突然現れたわがクラスの教育実習生。


 教育実習も今日が3日目なので顔に見覚えもある。

 教室の開いたままの戸から相変わらずお洒落なスーツを身に着けた半身が覗いている。

 くすんだ水色のボタンダウンのシャツに、モノトーンのネクタイ、濃いグレーのスーツの上下。上着の前はボタンをとめず、少しだけラフな印象だ。

「……あ、はい。でもすぐ帰りますから」

 だからほっといてください。構わないでください。暗にそんな意味を込めたのだけれど。願いもむなしく、彼は教室に入ってくる。

 え、どうして? 私隠れ人見知りだから来ないでほしいのに。

 あれか、できるだけ生徒と交流しようってやつか。はた迷惑な。


 軽く会釈して彼に背を向け、黒板消し叩きを再開する。

「掃除か?」

 そんなの見ればわかるじゃないか。いちおう、答えておく。

「はい、……美化委員ですから」

 そう、私は美化委員だ。入学してからずっとだから美化委員歴通算1年ちょっと、顧問の先生に気に入られてぜひ次の委員長にと期待されるほどの、筋金入りの美化委員である。


 そもそも私が美化委員になったのは、ほかでもない。「黒板・黒板消しの掃除」が業務に含まれるからだ。

 美化委員はめんどくさいから競争率が低い。つまり、第一希望が通りやすい。

 黒板消し掃除以外の業務は、体育祭前の校庭の石拾い(小学生じゃあるまいしやってられない。普段体育や部活で使っているんだから、体育祭だからってなんでわざわざやる必要はないと思う)、掃除用具の管理(箒が一本減ろうが、モップが壊れようが、どうせみんな掃除なんか真面目にやらない)というこれぞ雑務!という感じのものなので、もうひとりの美化委員である倉橋くんに、話し合いのうえ円満に押し付けている。

 ただ黒板消しと戯れたいがために美化委員になった私だ。


 黒板消しはクリーナー(ぶいいいいん、とすごい騒音がする、チョークの粉を吸いこむあの機械)で掃除するのが普通だが、私の美意識が許さない。

 だって! 年代物のせいか吸い込みの力が弱く、粉が取りきれないのだ。

 黒板消したるもの、そんな中途半端なことではいけない。断乎、いけない。黒板を拭くと、黒板消しの形に白いチョークの粉の跡が残る。そんな事態は、この私が認めない。

 というわけで私は黒板消しを窓から突き出して思う存分叩きたいのだが、なかなかチャンスがないのだ。

 休み時間は授業で使った黒板を美しくするのに費やしてしまうし、そもそも周りの理解がない。やめろ、粉が飛ぶ、と何度迫害されたことか。

 そして、黒板消しなんて字が消せればいい、そこまできれいにする必要はない、なんて安易に考えている輩のなんて多いことか。

 私は憤る。

 ……まあ、憤るとまではいかないけれど、実際無理解にはちょっぴり苦しんだ。私は好きでやっているのだから、どうでもいいなら放っておいてほしい。

 今となっては、そんな不遇な時代もあった、というだけのこと。

 1年の途中から、放課後に黒板消しを叩くということに決め、そのまま習慣として落ち着いた。2年になって初めて同じクラスになった人には、私のこの習慣を知る人はいないんじゃないかと思う。

 気分は小人さんだ。ちょっと自己満足気味の。……確か、靴屋の小人ってそういうお話じゃなかったっけ。

 中学の時は週番のときしか思う存分できなかったが、今は美化委員という大義名分までもっている。

 いえい。正義は我にあり。


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