5月23日 水曜日 黒板消しと青写真4
昨日の雨の跡もすっかり乾くくらい、今日は天気がいい。午前中は風も吹かず暑かったのだが、午後になるとだいぶ雲が出てきた。
それでもやはり気温は高く、髪をまとめあげると首筋がふっと涼しくなる。
放課後の教室。ベランダに通じる窓を開け放すと、空気が動いた。
Yシャツを腕まくりすると、黒板から黒板消しを回収しベランダに出る。
5月は制服の移行期間で、夏服でも冬服でもどちらでもいいことになっている。夏服は半袖のYシャツに女子はリボンとベスト、男子はネクタイのみだ。冬服は長袖のYシャツとブレザーで、ほかは夏用と同じだが、生地が薄くなっている。だいたいの人は折衷案として、長袖のYシャツにブレザーを省略、という形で登校している。
私も長袖のYシャツに夏用のベストとプリーツスカート、首にはリボンといういでたちだ。
そろそろ暑くなってきたことだし半袖にしようかな、でも夕方は涼しくなるからまだ早いかな、などと考えつつ、黒板消しを叩く。
雲が出ているといっても、この時間だとまだ陽が残っている。体から離すように伸ばした手は、日陰から出るとじりじりと焦げるようだ。
ベランダから教室に戻ろうと振り向くと、いつも通り当然のように、彼はいた。教室の廊下側の壁に背を預けている。
彼は無言なので、私も無言のままだ。
初めて会話したときとは違い、沈黙が負担にならない。
教室に入り、後ろの黒板に黒板消しを戻し、前の黒板の方へと行く。
そこでやっと、彼は口を開いた。
「真間の手児奈、って美人がいてな」
「ままのてごな?」
唐突に話しだされて戸惑い、鸚鵡返しにする。この人の話はいつも脈絡がない。
昔の話だ、伝説だよ、と断ってから彼は続ける。
「いろんな男に口説かれて、結局つらくなって身投げした」
身投げ、ですか。
それで?
……先が続かない。
黒板をふきつつ、沈黙で話を促す。
しばらく待ってみるが、続きはないらしく彼は無言である。……え、ほんとにそれで終わりですか。
情緒もへったくれもない要約だ。これでほんとに国語教師(志望)か。
「美人さんも大変ですね」
彼の方に顔を向けて、とりあえず適当な感想を述べてみる。
私が何か返すのを待っていたくせに、それにはまったく取り合わず、彼は言った。
「お前は逃げるな」
その眼差しは、思わずたじろぐほど真剣で。
「つらいときは言え。嫌なら断れ。でも」
目が逸らせなかった。
「逃げるな」




