5月23日 水曜日 黒板消しと青写真3
「あの、もうひとつ気になってたんだけど」
美化委員会が行われた空き教室は3階、2年生の教室は2階。
倉橋くんと並んで階段を上っているとき、ちらりとその背中が目に入ったので、思いきって尋ねることにした。聞くは一時の恥ということだし。
「そのウインドブレーカー、背中に『ブラジリア』って書いてあるよね、英語で」
「そうだったっけ」
自分でも結構覚えてないもんだよね、と倉橋くんは明るく笑いつつ、わざわざウインドブレーカーを脱いで目の前に広げた。背中の文字を確かめると、あ、ほんとだね、と頷く。
地球もしくはサッカーボールを模したのであろう球体の上に、年号とともに『BRASILLIA』の文字が弧を描くように配置されている。
階段を上りつつ、話を続ける。
「でも、ブラジルの綴りは『BRAZIL』なんだよ。エスじゃなくてゼット」
「そういえばそうだね」
でね、気になるのは、と倉橋くんの手に広げられたウインドブレーカーを見つめたまま問う。
「ブラジリアってブラジルの首都なのになんで綴りが違うの?」
はじめはそのウインドブレーカーが誤植なのかなって思ってたんだけど、英語の授業のときに辞書引いてみたらやっぱりその綴りだっだし、と疑問点を告げると倉橋くんも首をかしげる。
「うーん、わかんないなー。ごめん。でも理保ちゃん、よく気付いたね」
検証の済んだウインドブレーカーにそでを通しながら、倉橋くんは感心したように述べる。
「倉橋くん、席前の方だから、つい見ちゃって」
言い訳のようだなと思いつつ口にして、ああそうか、と思い当たる。
倉橋くんが先ほど「よく見てる」と言ったのはただ単に私が目の前にいたからだ。黒板に近い席に座る倉橋くんには、授業のあと毎回といっていいほど黒板を消す私の姿が目に入るはずだ。
再びウインドブレーカーを着た倉橋くんと廊下を歩きながら、しかしサッカーは謎が多いな、としみじみ思う。いや、ブラシリアは別にサッカーだけじゃないけれど。
倉橋くんとともに教室に戻ると、今日も芳賀さんがいた。今日は女子に囲まれている。
まだ昼休みは10分以上残っているのに教室にいるところをみると、どうやら直子から逃げおおせることができたらしい。
ちらりと目を向けると、こちらに向かって微笑まれてしまった。
大縄をしないで済んでよかったですね、という思いを込めて私も微笑み返しておくことにしよう。




