5月22日 火曜日 黒板消しと真珠色の雨6
「……それはもてるといわないだろう」
もっともな突っ込みだ。
「まあそうですね」
「あっさり引き下がるんだな」
「学生の本分は勉強ですからね。あ、負け惜しみじゃないですよ」
そう、惚れた腫れたにかかずらわってる場合じゃない。……うん、ほんとに負け惜しみじゃないんだからね?
黒板消しを叩き終え、教室に戻る。
すると、それまでしばらく黙っていた彼は、何か思いついたように腕を組んだ。理保、とこころなしか低めの声で呼びかけられる。
「つまり、これまで恋愛経験はないということか。小中高と学生のうちに入るだろう」
「まあ」
そういうことになる。
「学生の本分が勉強というなら、大学生でも恋愛できないだろう」
「そうですね」
学費を親に払ってもらっている状態で、恋にうつつを抜かせるはずがない。
「で、就職したら、仕事を優先するだろう。勤労の義務とか言ってな」
「そうかもしれませんね」
勤労は日本国民の権利であり義務だ。というか、なんで私の言いそうなことがわかるんだろう。いや、たぶんそこまでは言わないだろうけれど。
ということはつまり、と彼は結論を導き出した。
「一生恋愛しないということになるだろう」
「おお、そうか!」
思わず声を上げて、何度も深く頷く。そうか、そういうことになるのか。
結構論理的に解説されて、感心してしまう。これが帰納法というやつか。さすが教師になりたいだけあってわかりやすい。
「感心している場合じゃないだろう」
苦々しげに彼は言う。
「その屁理屈からすると、お前には恋愛する機会が存在しない」
あ、そうかも。
じゃなくて。
「……浪人のときとか無職のときとかお見合いとかはありますよ」
ふん、探せばあるよーだ。苦し紛れに口にしてみたけれど、あっさり追撃される。
「なんでそんなに限られた状況なんだ。おかしいだろうが」
うーん、確かに。ここまで追い込まれないと恋愛できない人生とは、自分でもおかしい気がする。軌道修正すべきなのか。
でもまあ。別に私ひとりいいじゃないか。
「実際うまくやってる人が多いから世の中回ってるんでしょうね」
開き直ってみる。うん、世の中うまくいってるんだからいいじゃないか。
「一般論にすりかえるな」
おおう、鋭い。きっとディベート得意なんだろうな、と想像してみたりして。うーん、反論が思いつかない。詰まれた気がする。
万事休すか。
「まあいい」
いいのか。なぜかお許しが出た。拍子抜けして彼の方を向くと、理保、と再び呼びかけられた。
「恋は若いうちにしとけよ。ただし相手は俺で」
「……余計なお世話ですよ」
ほんとに余計なお世話だ。
わざわざ人を論破してから言うあたりが周到で、性質が悪い。




