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5月22日 火曜日  黒板消しと真珠色の雨2

「……ここに、こんなに埃が」

「ごっごめんなさいお義母さま! すぐに掃除しなおしますから! いつか本家の嫁にふさわしいと認められるように頑張りますっ」


「……なんのボケだ」

 彼は人差し指に付いた白い粉をふっと息で吹き飛ばし、ぱんぱん、と手で払う。

 放課後の教室に、私と彼だけがいるという状況にも慣れてきた。

「姑にいびられても耐え続けるけなげな嫁。夫は味方になってくれず、孤独な日々が続く。の日常」

 一度叩いた黒板消しで黒板をふきつつ、横に立って呆れたような顔をしている彼に答える。


 黒板の桟というものは、いくら掃除してもチョークの粉がたまる部分なのだ。

「ここに、こんなに埃が……!」というのは、授業のあと私が黒板をふいている際に、クラスメイトからよく仕掛けられる冗談である。嫁姑ごっことしてわがクラスではかなりの市民権を得ている。

 彼はそれを見ていて真似したようだが、どういうものかはわかっていなかったらしい。


「なんで俺が姑役なんだ」

 せめて夫にしろ、というか夫がいい、と不満げな彼に、この場合夫役は往々にしてマザコン気味という設定ですよ、と教えるわりとあっさり引き下がった。

 男にマザコンは禁句らしい。ここらへんの機微はよくわからないけれど。マザコン認定されると社会的に抹殺される、とかなんとか直子がいっていた。直子の意見は過激なものが多い。

「だいたいその台詞は姑のものと決まってるんです」

 この冗談は双方の正しい認識のもとに成り立つ、将来の嫁姑関係のシュミレーションなのだ。いや、よく知っているわけではないけれど。


 私も嫁姑ジョークについては詳しくないので、チョークの方に話題を移す。

「それに、そもそも埃じゃなくてチョークの粉です」

「だからなんだ」

「そこらへんの埃と一緒にしないでください。チョークは炭酸カルシウムですし、なんとホタテ貝からできてるんですから」

 チョークはホタテ貝からできている、という驚きの真実を伝えてみる。ちなみに私はこれを知ったとき、黒板消しが綾織りであり、イクラがロシア語で魚卵という意味だと知ったのと同じくらい驚いた。


「それがどうした」

 そういう反応はとても困る。

「えーと、ほら、かっこいいじゃないですか。しかも! 短くなったチョークは細かく砕いて校庭のライン引きに使えるんです」

 反応が鈍い彼に、さらにとっておきの情報を追加する。

「実際に使ってる奴は見たことないな」

「奇遇ですね、私もです。……でもちゃんとそう書いてあるんですよ、チョークの箱に! ほら、見てください!」

 黒板消しをいったん置き、彼の横を通りすぎて、黒板の横の棚からチョークの箱をひとつ取って見せる。幅の狭い教壇の上ですれ違うので、自然と距離が近くなってしまう。


「……これは謎だな」

 チョークの箱の文字を示すと、彼は心底意味がわからないといったふうに首をかしげた。

「かなり謎ですよ」

 私も同意を示し、顔を見合わせてしみじみと頷きあう。ひとつの箱を覗き込んでいるので思っていたよりも顔が近くにあり、少し後ずさった。


 おっといけない。チョークについてのんびり語り合っている場合ではない。

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