5月22日 火曜日 黒板消しと真珠色の雨1
雨の日は、口が軽くなる。
「ったく、やってられない」
直子は機嫌がよろしくない。
今日も直子と昼は一緒に食べられないだろうと思っていたので、昼休みが始まると同時に私のクラスまで迎えに来られたのには少し驚いた。
雨が降っていると、教室はやけに狭くなる。その狭い教室に違うクラスの直子が遠慮なく入ってきて、私は食堂に連れ出された。
普段はパンで済ませる直子の昼食は、今日は食堂のメニューの中で唯一「まずくはない」でなく「おいしいかもしれない」という評価を得ているカレーである。
食事がおいしくないこともあるが、どこか古めかしい印象を与える食堂には、昼時にもあまり人がいない。雨の日などはどことなく薄暗いのでさらに雰囲気が暗くなり、したがってさらにすいている。
弁当を食べつつ、直子の様子をそっと窺う。
ライスにざくりとスプーンを突き立て、乱雑にルーと混ぜ合わせて口に運ぶ。あー辛さが足りないっ、と文句をつけつつスプーンを置くと、ペットボトルの麦茶を、喉を鳴らして飲む。
かなり荒れているようだ。
おなかがすくと機嫌が悪くなるし、まずいものを食べるともっと気分が悪くなる。だから直子は、機嫌が悪いときには、おなかにたまりまずくはないカレーを選ぶという。
「どうしたの、今日は」
カレーを食べ終え、付け合わせのサラダを気がすすまなそうにフォークでつつき始めた直子に尋ねる。
「最近昼休みにスーツ男にスポーツふっかけてたんだけどさ」
それは知っている。私のクラスの教育実習生である芳賀さんは、毎日スーツを着ている。それは運動音痴をごまかすためだ、という「スーツ男運動音痴仮説」を証明するのに直子は熱心だった。
「クラスの女子に、あたしがスーツ男のこと好きだとかいうものすごい勘違いされた」
「……それはご愁傷さま」
心から、同情の言葉を述べる。直子にかぎってそれはない。好きだから誘う、というほどわかりやすい人間ではないはずだ。
ほんっとありえない、マジありえない、あたしの趣味がてめえらと同じだと思うなっての、とフォークから逃げるプチトマトを手でつまみつつ直子はこぼす。
「そんなに羨ましけりゃ自分で誘いやがれ」
卓球もバドも余裕でこなしやがって面白くもなんともない、変人じゃなかったら誰があんなスーツ男に興味もつかっての、と直子は吐き捨て、しかし次の瞬間にはいいこと思いついたとでも言いたげに唇が弧を描く。
「雨がやんだら大縄に引き込んでやる」
この高校での最近の女子の流行、大縄。昼休みにはよく、木陰で回る縄の中に飛び込む女子高生の、いささか懐かしいともいえる光景がうかがえる。私も直子もすすんで加わることはないが、見ているのは楽しい。
この高校に長くいる先生によると、大縄はなぜかときどき、思いついたように流行るらしい。直子は何か大縄にまつわる怪談があるのではと興味をもったが、私が必死に調べるのをやめさせた。調べて何かわかったら、報告を聞くのは私だからだ。因縁があったらこわいじゃないか。こわいのは嫌いなのだ。
運動音痴か確かめられるしあいつらも満足だし、一石二鳥じゃん、と直子はひとり頷く。
何かを決心した直子は止められないし、別に止めようとも思わないけれど。
……しかし、大縄か。災難だな。
彼にも同情を向けておくことにしよう。
昼休みが終わる5分前のチャイムを聞いてから教室に戻ると、芳賀さんが雨で暇を持て余したらしい男子に囲まれていた。なかなか慕われているらしく、ときおり大きな笑い声が上がる。
ちらっと目を向けると、彼も視線だけこちらに投げた。一瞬目が合って、私が先にそらす。
確かに、直子のクラスの女子に人気があるだけのことはある。ダークグレーの細身のスーツに淡い水色のYシャツは、ネクタイをしていないこともあってか涼しげだ。すっととおった鼻筋を辿ると下半分だけフレームのあるメガネがあり、やわらかそうな前髪が眉をうっすら隠している。周りの男子より控え目に浮かぶ笑みは、それでも十分楽しげだ。
けれども。
ご愁傷さま、とこっそり呟く。
雨がやんだら、スーツで大縄ですよ、と。




