5月21日 月曜日 黒板消しとブルーマンデー7
お前はあれだな、理保、と彼は軽く笑うようにして続けた。
「推理小説の良き読者、ってやつだ」
いきなりの話題転換に、戸惑う。この人といると、戸惑ってばかりだ。
「なんですか、それ」
「推理小説の最大の目的は、犯人を見つけ出すことだ。だからある種の読者は、何か新しい情報が出てくるたびに立ち止まり、それを材料に謎を解明しようとする。でも、それだと話は先に進まない」
彼は語る。黒板消しをひとまず桟に置いて、彼の話に聞き入ることにした。低いけれども明瞭に、難しいけれども心地よく、彼の声は耳に届く。
「そう、ですね」
黒板に背を向け、彼の方に体ごと向き直る。
「だから、こういう読者は『良き読者』とはいえない」
「そう、ですかね」
頭に彼の声が届き、内容を順に理解させていく。
「とりあえず受け入れる。判断は保留する。すぐに決めつけようとしない。宙ぶらりんのままの状態に耐えられる。それが、推理小説の良き読者の条件だ」
なんとなく、優柔不断だっていいたいような気がするのは、私の勘違いだろうか。
まあ、良き読者といっても、と彼は苦笑して付け加える。
「探偵役にはなれそうもないがな」
「どういう意味ですか」
なんとなく褒められている気がしないので、おそるおそる尋ねる。
「読者はあくまで読者であって事件の当事者ではない。だから事件が解決されなくても特には困らないし、読み進んでいけばそこに解答は書かれている」
当事者ではない。
その言葉は、私に突き刺さる。
私は、当事者として向き合うことができただろうか。
この人に。この人の言葉に。
そして、ほかのことにも。
受け入れるふりをして、何とも向き合わず、逃げていなかったか。
しかし。
はたと思い当たる。
要するに彼が言いたいのは。
「つまりは遠回しに、私は優柔不断で問題を先送りする、他力本願な人間だって言いたいんですね」
「そうともいうな」
この人の婉曲表現は婉曲すぎて伝わりにくい。あれ、もしかして、嫌味?と考え込んで初めて嫌味とわかるひねくれっぷりだ。何が「推理小説の良き読者」だ、まったく。性質が悪いことこの上ない。
「約束は、しますよ」
しぶしぶながら、彼の提案を承諾する。
向き合わなくてはいけない。私は当事者なのだから。
「来週の日曜ですね」
「ああ。約束だ」
彼は微笑む。
私も微笑み返す。直子のように、ちょっぴり好戦的に。似合わないのは百も承知だけれど。
「鈍いくせに勘がいいし、優柔不断なわりには度胸がある。そういうところは、嫌いじゃない」
これは本当に、褒められた、のか。さっきのわかりにくい嫌味のあとだったので考え込んでしまった。
その隙に、彼は教室を出ていく。
じゃあな理保、とさりげなく名前を呼ばれて、それを指摘する暇もなく、彼の後ろ姿は遠ざかっていった。
また言い逃げか。
でもまあ。
ちらりと笑う。
憂鬱に浸っている場合じゃない。
さて。さっさと掃除を終わらせるか。
教育実習6日目のお話です。




