5月21日 月曜日 黒板消しとブルーマンデー5
「理保」
「え、はい?」
返事をしてしまった。彼に、急に真面目な表情で呼ばれたから。
西遊記になかったっけ、持っている人に名前を呼ばれて返事をすると、中に吸い込まれてしまう瓢箪。そんなことをふと思いだす。
確か孫悟空が吸い込まれたんじゃなかったっけ。その瓢箪に吸い込まれると出てこられず、結局溶けてしまうのだったはずだ。
それとはもちろん違うけれど。
名を呼ばれて、こたえる。
それだけのことで、どこかに吸い込まれそうになる。どこか深く、深くへと。
「と呼ぶことにしよう。明日の朝のショートホームルームで。お前が約束しないなら、な」
「は?」
「いいな、理保」
この人自分の影響力わかってるのか。今日の騒ぎを知っているなら、そんなおそろしいことを思いつかないでほしい。
「いや、全然よくなんかありませんから」
「でもあれだ、よく呼ばれてないか」
「あれは宮口くんのせいです。というか宮内と宮口を二年間も同じクラスにした学校の」
宮内と宮口。
宮内理保と宮口大成。
なまじ同じ名字でない分混乱も大きい。「ウチ」と「グチ」は聞きわけにくいのだ。
「ワタナベ」(漢字のバリエーションはやたら多い)さんたちや「佐藤」さんたちは、自分と同じ名字がたくさんいる、という事態に慣れている。それこそ幼稚園から小学校、中学高校に至るまで、何度となく直面してきたはずだ。
それに比べ、「宮内」や「宮口」は、さほどめずらしくもないがクラスに何人もいる名前ではない。高校になって、初めて体験するわけだ、このめんどくさい事態を。
そして人間適応能力が高いといっても、幼いころから慣れていたわけでもなく、高校に入ってやっと知った事態に対応するには時間がかかる。
どちらが呼ばれているか一瞬で判断がつくくらいに慣れるまで、呼び方の定着は待ってくれない。入学してすぐならなおさらだ。
さらに、あえて偉そうにいわせてもらうが、現代人の発音のわかりにくいことといったら半端ではない。合唱部顧問の先生に居残りさせられること請け合いだ。ぜひ徹底的に鍛え直してほしい。
とまあ、客観的に考察してみたところで、そうそう一度定着した呼び方は変わらないわけで。二年生になって再び宮口くんとクラスが一緒になってしまい、ますます逃れようがなくなったわけだ。
現在かなりの割合で私は「理保」か「理保ちゃん」と呼ばれる。頑なに「宮内」呼びにこだわっている男子は、直子からこっそり(といっても直子にしてはこっそりだから結構露骨に)思春期まっただなか呼ばわりされているほどだ。
「滑舌が良くないとどっちが呼ばれたのかわかんないんですよ。特に『さん』とか『くん』とか付いてないと、ほんと混乱します。あ、でも芳賀さんは結構滑舌しっかりしてますから大丈夫ですよ」
合唱部のお墨付きだ。自信をもっていい。
「理保」
「せっかく褒めたのに」
「いいだろう、別に。俺の用があるのは、宮内理保だ。宮口に用はない」
「いや、話してみると案外面白いですよ、宮口くん。天使ですし」
「……天使?」
ものすごくいぶかしげな顔をされてしまった。




