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5月21日 月曜日  黒板消しとブルーマンデー4

 でもまあ。

 いくらなんでも今日はもう来ないよね、さすがに、という苦いけれども開き直りに近い心境に至ってしまった私は、鬱々としながらも黒板消し掃除を通常通り行うことにした。

 ベランダに出て、ばしばしと手早く黒板消しを叩く。かなりのハイペースだ。

 次には教室に戻り、スピード重視で黒板をふく。

 よし、これなら早く終わるんじゃないか。もし彼が来たとしても、ここに辿り着く前に。

 来るなら来い。


「おい、宮内理保」


 ……ごめん嘘です。旧暦エイプリルフールも真っ青のこれぞ嘘という感じの大嘘をつきました。来ないでください。お引き取り願います。

 彼は前の入り口から入ってきて、廊下側に並んだ机の一番前の席に腰をもたせかける。微妙な距離。


 手元の黒板消しに固定されたままだった目を上げて、彼の方を向く。

 なんともいえない空気が流れる。

「先日はどうも」

「謝るな」

 謝罪を遮られる。

「謝られても困る」

「はあ」

 沈黙が流れる。


 日本人は沈黙に強い、という説を耳にしたことがある。

 欧米人は、沈黙が3秒以上続くと、落ち着かなくなるらしい。だから切れ目なく会話をつなぎ、些細な発言にもいちいち相槌を打つ。

 それに対し日本人は、無言の状態が長く続いても、そうそう困惑しない。


 閑話休題。

 さて、問題はこの沈黙だ。沈黙に強い日本人である私ですら、逃げ出したくなるくらい沈黙している。打開するには、私がしゃべるか、彼がしゃべるか、私が逃げるかだ。最後のは撤回だな。すでに逃げ遅れてるし。


「何か話せ」

 命令ですか!? 

 しばしの気まずい沈黙ののち、ようやく彼が口を開いたと思ったら、命令だった。

 いくら沈黙を破るためといっても、それはないだろう。いや、黒板消しとか麩菓子の話題よりはましか。

「いきなりそれですか」

「まあなんだ、……週末は何してた」

 世間話? わざとらしいし、話題の振り方がすごくぎこちない。彼も緊張しているのか。

「……おおむね寝てました」

 正直に答えると、話が続かない。でも嘘を言っても仕方ない。現実逃避のため睡眠を貪っていた、という裏の事情は黙っておこう。

「土曜も日曜もか?」

「……まあ、はい」

「一日中?」

「……えーと、はい」

 なんだこの会話。続けていて楽しいとはとても思えない。


「お前なあ」

 はっ、と強く息を吐くように彼は笑った。空気がほぐれる。

「週末はいつもそうなのか」

「まあ、だいたいごろごろしてますね」

 いや、普段はもっとましだけれど。さすがに、意識が茫洋とするまで寝倒したりはしない。

 和らいだ雰囲気に安堵しつつ、答える。緊張が消えたわけではないが、格段に話しやすくなった。

「来週末もそうか」

「たぶんそうでしょうね」

 少しは見栄を張りたくても話題にできる予定のストックがない。私は基本的に家にいるのが好きなのだ。

 いやもう、ほんと何なの、この会話。私の活動量の少なさを嘲笑っているのか。しかも今週をすっ飛ばして来週って。


「それなら、来週の日曜、俺と付き合え」

「え、日曜は学校ないですよ。そもそも来週には芳賀さんの実習終わってるじゃないですか」

「だから、誘ってるんだよ」

「はあ……」

 そこまで説明しないとわからないとは仕方ないな、という呆れたような、でも妙に楽しそうな表情で彼は続ける。

「世間一般でいうところのデート、ってやつだ」

「はあ……ってええ!?」

 でーと、というのはあれだな、あいびきとからんでぶーとかいうあれだな。あまりにも自分と縁がない単語なので反応が遅れた。

「約束。今朝言っただろう、冗談でも嘘でもない」

 確かに自分は嘘をつかない、とか言っていたような。

「え……ちょっと待っ」


「馬鹿な生徒に黒板消しと間違えられないようなネクタイを買いに行く。付き合え」


 先週のもうひとつの失態をもちだされてしまった。うう、結構ダメージが深い。私って失態だらけじゃないか。

「さりげなく根に持たないでくださいよ」

 ちらりと胸元に目を向けるまでもなく、彼は今日もノーネクタイだ。これはクールビズの一環だと思いたい。

 もしくは直子の昼休みスポーツ攻撃のせいだとか。

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