5月18日 金曜日 黒板消しと赤色警報5
「覚えておけ、宮内理保」
いきなり、フルネームをあっさり呼ばれた。
かなりびっくりしつつも、はい、と頷く。
自分を卑下するわけじゃないが、私は目立たない。直子は、私が気付いていないだけだというけれど、そんなはずはない。
自分ではなかなか優等生だとは思うが、あくまで「なかなか」であって、クラスの中心になるようなことはないのだ。
それでも、フルネームを口にされた。ということは。うわ、わざわざ調べておいたのだろうか。やっぱり変な人だ。
俺の名前も覚えたことだろうし、と彼は真面目な顔で話す。
まだ話は続いていたのか。それに、覚えたというか、覚えさせられただけだと思う。
「これからは、ちゃんと名前で呼べ」
「はあ」
そういうものか。
「それに、まだ『先生』じゃないからな、そう呼ぶのはやめてほしい」
これについては納得できる。実習生を「先生」と呼ぶのは結構違和感がある。呼んでいるこちらに違和感があるのだから、呼ばれている彼はなおさら気になるに違いない。
だからわざわざ私が名前を覚えているか尋ねたのだろうか。だったら別に、素直に名乗るだけでいい気もするけれど。まあいいか。
「芳賀さん、でいいですか」
とりあえず、一番それらしい呼び方にしてみる。そうは名前を呼ぶ機会があるとは思えないけれど。
「ああ」
今のところはな、と小さく呟かれたようなのは気のせいだな、きっと。
「じゃあ芳賀さん、私掃除しますから」
話は終わったものと考えて、掃除を始めることにする。あえて名前を呼んだのは覚えているというアピールだ。
前の黒板からも黒板消しを回収し、窓を開けてベランダに出る。
4つあるうちから、ふたつを換気扇の室外機らしいものの上に置き、残りのふたつを、布の面を合わせて叩く。
ぽふっと音がするたびに、チョークの粉が舞う。
「宮内理保」
背中越しに呼ばれた。今度はなんだ。
「はい」
いちおう返事をしたが、フルネーム名前呼びは威圧感があるのでやめてほしい。
黒板消しをベランダから突き出した姿勢のまま、顔だけ振り返る。
すると。
彼は真剣というよりは無表情といった方が近い顔で宣言した。
「お前のことを好きになる予定だ」




