5月16日 水曜日 黒板消しと赤の他人1
知ってましたか? 黒板消しって綾織りなんですよ。
開け放したガラス戸からベランダに出て、腕をまっすぐ胸の前に突き出す。
風はさほど強くないが、はっきりと感じ取れる程度には吹いている。
体を風上に、突き出した腕は風下に。
日が長くなったので6時前の今も十分に明るいが、腕まくりしたYシャツ1枚だと少し肌寒い。日があるうちはちょっと速足で歩くけば汗ばむほどの陽気で、5月ですらこの気温なのかと夏が思いやられたのに、ずいぶんと涼しくなった。
放課後の教室、そのベランダ。
私の日課は、黒板消し掃除。
黒板消し掃除のやり方はだいたいこうだ。
①黒板消しを叩く。
②きれいになった黒板消しで、黒板をふく。
③汚れた黒板消しを再び叩く。
今やっているのは、1度目の黒板消し叩きである。
黒板消しはなるべく体から離して構え、叩く。
風向きも考慮に入れるのがプロの仕事だ。黒板消しよりも風下にいると、チョークの粉をまともに浴びることになる。
黒板消しは、前の黒板に3個、後ろに1個。2つずつ組にして、片手にひとつずつ持ち、ベランダでぱんぱんと叩く。
前の黒板は授業のたびに使うので、黒板消しの汚れは、一日が終わるころにはものすごいことになっている。
後ろの黒板も絵のうまい人たちがよく落書きをしているので、掃除は欠かせない。まあよく毎日毎日描くものがあるな、と感心するくらい多様な落書きで埋め尽くされている。後ろの黒板については、自然消滅を待つのが私のささやかな流儀だ。勝手に消して文句を言われたくないという理由もあるけれど。
なんとなく考え事をしつつも、体は習慣になった動きを繰り返していく。
ぱんぱん、と黒板消しを叩く。チョークの粉が風に乗って舞う。
よし、4つすべてきれいになった。
ベランダから教室内に戻り、後ろの黒板に黒板消しを戻したあと、前の黒板に向き直る。
よし。
黒板消しを上から下へ、できるだけまっすぐかける。黒板消しの幅分だけ右にずれ、同じようにする。これを端から端まで繰り返すのだ。黒板消しは一方向にかけ、余計な跡が黒板に残らないようにするのがポイントだ。
終わったら、黒板をふくのに使った2つの黒板消しを手に、再びベランダに出る。
黒板消しを突き出し、思い切り叩く。ぱんぱん、といい音がする。これで最後だ。
そんなときだった。
「ああ、まだ残ってるのか?」
突然、教室の前の扉の方から声がした。
びくりとして目を向けると、そこにいたのは。
私のクラスの教育実習生だった。