星を折る人
「どうもありがとう。助かったよ」
そう言って、初老の紳士は、金の鎖つき懐中時計をポケットにしまい込んだ。
「どういたしまして。またどうぞ、よろしくお願いいたします」
と、健吾は丁寧に頭を下げて、客を送り出した。
この港町の外れで、時計店を営む彼は、父親から受け継いだ店をもう十年以上経営していた。新品の時計も売れたが、今のような修理の客も多い。それなりに暮らしは安定していたが、決して楽とはいえなかった。
ある日のことである。
健吾が、店の奥で時計を修理していると、店先で、小さな声がする。何だろうと出てみると、店のショーケースの前で、小さな少年が突っ立っている。何やら、モゾモゾとしている風だ。
「どうしたんだい、坊や?」
と、健吾が尋ねると、少年は言いにくそうに、
「直して欲しいんだ、これ」
と、言って、右手を突き出した。
「何だい?」
「これだよ」
と言って、少年が開いた右手のひらには、小さなくしゃくしゃになった黄色い折り紙の星があった。
「折り紙の星だね。どうしたんだい、これは?」
「僕のお祈りなんだ。これを折っていれば、きっとママに会えるって」
「ママって?」
「今、遠い場所に住んでいて会えないんだ。でも、きっと会える。そう思って、折ってるんだ」
健吾は、しばらく考えてから答えた。
「そうなんだ。会えるといいね。じゃあ、直してあげるよ」
そう言うと、健吾は器用な手つきで、折り星を直し始めた。そして、しばらくののちに、折り星は綺麗な形に直った。
「これでどうだい?綺麗になっただろう?」
「ありがとう、お兄さん。でも、これからも、いっぱいいっぱい折らないと、ママに会えないや」
健吾は、しばらく考えてから、
「じゃあ、お兄さんも今から一緒に折ってあげるよ。見ててごらん」
そう言うと、健吾は、店の奥の引き出しから、太い折り紙の束を持ち出してきて、それをショーケースに置いた。
「さあ、一緒に折ろうか?」
「うん」
それからふたりは、しばらくの間、無言で折り星を折り始めた。店内の時計たちの秒針を刻む音や、遠くの漁船の汽笛が響いていた。
「よし、いいだろう」
と、健吾が言った。
「あとは僕がやっておくよ。君は安心しておうちへお帰り」
「ありがとう。じゃあ、頼んだよ」
「ああ、気をつけて」
少年を送り出すと、また健吾は先刻までの時計の修理に取りかかる。しかし、少年との約束も忘れてはいない。時折、暇ができると、折り星を折るのであった。
それから数日が経った。
店に置いた大きなガラスの瓶の中は、カラフルな折り星でいっぱいになっていた。健吾が、赤いリボンで、ガラスの瓶の口を結んでいると、そこへ例の少年がやって来た。
「お兄さん、僕の折り星は?」
そこで、健吾は重そうにガラスの瓶を抱え上げて、
「ほうら、これでどうだい?いっぱいになったろう?」
「すごい。ありがとう。これで僕、ママに会えるや」
「この赤いリボンはね」
と、健吾は神妙に、
「時間を巻き戻すおまじないなんだよ。これで、君もママとの時間を取り戻せるよ」
「うん、分かった。でも、僕、お金が払えない」
「そんなの、いつでもいいよ。さあ、持ってお帰り」
少年は、嬉しそうに両腕で、折り星でいっぱいのガラス瓶を抱えると、店を出ていった................。
それから、しばらくして、健吾のもとに、一通の封書が届けられた。見ると、つたない文字でこの店の宛名がかいてある。ああ、あの少年からだな、と健吾は思った。彼は封を切った。
中から、1枚の写真が出て来た。見ると、あの少年が楽しげに、母親と一緒に笑って写っている。よかったな、坊や。
そして、封の中から、一個の金の折り星も出て来た。健吾は微笑んだ。彼は、その折り星を、店の棚の上に丁寧に飾った。
そして、またいつものように、壊れた時計の修理に取りかかるのであった...........................。




