君の体温だけ春だった
冬の恋は、きっと静かだ。
雪が降る前の空みたいに、冷たくて、でもどこか優しい。
この物語は、そんな冬の中で出会った二人の女の子のお話です。
誰かの体温だけが、季節を変えてしまうことがある。
そんな小さな奇跡を書きたくて、この作品を書きました。
少しでも、紗奈とゆいの息遣いやぬくもりを感じてもらえたら嬉しいです。
冬の教室は、いつだって少しだけ寂しい。
暖房の効きが悪い窓側の席。白く曇ったガラス。誰かの笑い声も、放課後になると遠くへ沈んでいく。
その中で、春野ゆいだけは、名前の通り春みたいな人だった。
「また手、冷たいね」
放課後。誰もいなくなった教室で、彼女は私の指先を両手で包む。
じんわり熱が移ってくる。
「……体温高すぎない?」
「平熱だよ」
「絶対うそ」
笑いながら、ゆいは私の手を離さない。
私はそのたび困る。
だって、自分の鼓動まで伝わってしまいそうだったから。
私は昔から冬が苦手だった。
寒いのも嫌いだし、人と距離が空く感じも嫌い。
みんな厚手のコートに隠れて、言葉まで冷たくなる季節。
だから、春野ゆいみたいな子は苦手なはずだった。
明るくて、誰にでも優しくて、クラスの中心にいるような子。
なのに。
「紗奈ってさ、雪の匂いする」
初めて話しかけられたあの日から、彼女はやたらと私に構うようになった。
「……雪に匂いなんてないでしょ」
「あるよ。静かな匂い」
意味わかんない。
そう返したのに、ゆいは嬉しそうに笑った。
その笑顔が妙に綺麗で、私は目を逸らした。
気づけば、放課後は一緒に帰るようになっていた。
コンビニで肉まんを半分こしたり、マフラーを交換して遊んだり、くだらない話を延々したり。
私は少しずつ、冬が嫌いじゃなくなっていた。
隣に彼女がいる冬だけは。
でも、その時間は急に壊れる。
「春野、転校するんだって?」
昼休み、誰かの声が耳に刺さった。
シャーペンを落とす。
転校。
その二文字だけが、やけに大きく響いた。
放課後、私は人気のない階段でゆいを捕まえた。
「……転校するの?」
彼女は少し困った顔をしたあと、小さく頷いた。
「お父さんの仕事でね。来月には」
「なんで言わなかったの」
「言ったら、紗奈がそんな顔すると思ったから」
「どんな顔」
「泣きそうな顔」
図星だった。
悔しくて、私は俯く。
すると、ゆいが静かに笑った。
「ねえ紗奈」
「……なに」
「最後に、一個だけわがまま聞いて」
彼女の声は優しかった。
春の雨みたいに。
「手、繋いで帰ろ」
夕暮れの街はオレンジ色で、吐く息だけ白かった。
私たちはずっと無言だった。
けれど繋いだ手だけが熱い。
離したくない、って体温が言ってるみたいだった。
「紗奈」
「ん」
「私ね」
彼女は少し笑って、それから真っ直ぐ前を向いたまま言った。
「紗奈のこと、好きだったよ」
世界が止まった気がした。
車の音も、風の音も、全部遠くなる。
繋いだ手だけが現実だった。
「……だった、ってなに」
やっと絞り出した声は、情けないくらい震えていた。
するとゆいは、少しだけ困った顔で笑う。
「現在進行形で言ったら、帰れなくなるから」
その瞬間、胸の奥がぐしゃぐしゃになった。
私は立ち止まって、彼女のコートを掴む。
「帰れなくていいじゃん……」
気づいたら、そう言っていた。
ゆいの目が丸くなる。
「私だって……好き、だから」
沈黙。
冬の空気が痛いくらい静かだった。
次の瞬間、ゆいが泣きそうに笑った。
「なにそれ、反則」
「そっちが先に言ったんでしょ……」
「うれしい」
そう言って彼女は、繋いでいない方の手で私の頬に触れた。
熱かった。
本当に、この人だけ季節が違うみたいに。
「ねえ紗奈」
「……なに」
「キス、したくなるから見ないで」
「無理」
「じゃあ責任取って」
夕暮れの歩道橋。
冷たい風。
赤くなった耳。
触れるだけの、小さなキス。
その瞬間だけ。
冬の世界に、春が咲いた気がした。
そして今でも思い出す。
あの季節。
白い息。
繋いだ手。
君の体温だけ、春だった。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
『君の体温だけ春だった』は、冬の冷たさと、誰か一人のぬくもりをテーマに書いたお話でした。
寒い季節って、少しだけ人を素直にする気がします。
冷えた手を繋ぎたくなったり、隣にいる誰かの存在がいつもより特別に感じたり。
紗奈にとっての“春”は、きっと春野ゆいそのものだったんだと思います。
短い物語でしたが、二人の空気感や、放課後の静かな恋を少しでも好きになっていただけたなら嬉しいです。
また別の物語でお会いできたら、その時もぜひ覗いていってください。
本当にありがとうございました。




