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追放された聖女は砂漠の国で愛される ~すべてを奪われたけれど、女神の祝福は私と共にありました~  作者: 黒猫ている


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3:奇妙な食事風景

「とにかく、一度屋敷へ戻るぞ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、兄上!」


ルークが慌てて声を上げる。

けれど、ヘンリーはまるで意に介した様子はない。


「まだ朝食が――」

「そんなもの、屋敷で取ればいい」


あまりに当然のように言われて、ローレルはびくりと肩を揺らした。


宿の食堂でさえ落ち着かなかったのだ。

それが“屋敷”ともなれば、なおさらである。

そんなローレルの様子に気づいたのか、ヘンリーは彼女へ視線を向けた。


「是非、貴女もご一緒に」

「あの……私、は……」


穏やかな声音だった。

けれど、ルークと同じ深い海の色をした瞳にまっすぐ見つめられて、ローレルは言葉を詰まらせる。


断りたいわけではない。

むしろ、助けてもらった身だ。

けれど、高位貴族の屋敷へ行くなど、考えただけで身体が竦んでしまう。


「……ローレル?」


隣からルークが不思議そうに呼びかける。

二人の視線を受けて、ローレルは結局、小さく頷くことしかできなかった。




馬車が動き出してしばらくした頃。


「……で? 彼女に怪我を治してもらったと」

「ああ。だから、その……礼をしたいと思ってな」


向かいに座る兄に、ルークがどこか歯切れ悪く答える。

ヘンリーはそんな弟を見つめ、それからローレルへと視線を向けた。


(優秀な癒やし手は、皆ラドクリフの神殿に属しているはずだ)


そうでなければ、おかしい。

ラドクリフ神聖国は、水の女神の加護と聖女の力によって栄えてきた国だ。

神聖力を扱える者は貴重であり、その恩恵は基本的にラドクリフの内側に留められている。

まして、これほど鮮やかな治癒を行える娘が、ひとりで街道に放り出されているなど、普通はあり得ない。


ヘンリーが、静かに息を吐く。

ルークの兄であり、ベレスフォード王国の名門ウォーベック侯爵家の嫡男である彼は、常日頃から隣国ラドクリフの動向に気を配っていた。

そして、つい先日耳にしたばかりなのだ。

――ラドクリフの“元”聖女が、国外追放されたらしい、と。


目の前で身を縮こまらせている娘の、痩せた身体。

やつれた頬。

淡い銀髪に、どこか儚げな容姿。

聞き囓った特徴と、全てが一致していた。


「すまないな、突然連れ出すことになってしまって」

「あ……いえ」


ヘンリーの低い声に、ローレルは反射的に背筋を伸ばした。

責める響きはなかった。むしろ気遣いすら感じられる。


それなのに、ローレルの身体は自然と縮こまってしまう。

“貴族は怖いものだ”という感覚が、もう身体に染みついているのだ。

そんなことには気づかず、隣のルークは明るい声を上げた。


「屋敷に行けば、宿よりも美味い物が食えるから」

「えぇと……その、お屋敷、というのは……?」

「ああ、言ってなかったっけ」


ルークが、軽く頭を掻く。


「俺の家。ウォーベック侯爵家なんだ」


その瞬間、ローレルの顔色がみるみる青ざめた。


「こ、侯爵……家?」


声が掠れる。


ローレルは孤児であり、平民の聖女として生きてきた。

神殿でも社交の場でも、高位貴族はいつだって彼女を見下す側だった。

笑っていても、その目の奥には侮蔑が潜んでいる。

優しい言葉をかけてきても、結局は“平民の聖女”を品定めしているだけ──そんな経験ばかりが積み重なっていた。

膝の上で握りしめた拳が、小さく震える。


「あ、いや、そんなに構えなくていいから!」


自分の一言でローレルを怯えさせたことにようやく気づいたのか、ルークが慌てて身を乗り出した。


「うちはそんな堅苦しくないし、俺が剣の修行だって言って冒険者なんてやってるくらいだし。兄上も、父上も母上も、ちゃんと話の分かる人たちだから」

「……」

「本当だって。怖がらせるようなことは、誰もしない」


必死にそう言われても、ローレルはすぐに安心することが出来なかった。

けれど、ルークの声音に嘘がないことは分かる。


ヘンリーは黙ったまま、そんなローレルを観察していた。


(やはり、貴族そのものに怯えているな)


神殿を追い出された時のままなのだろう。

彼女の服はくたびれ、手足は細く、頬も痩けている。

整えればかなり目を引くであろう容姿をしているのに、それを差し引いても、今はあまりに痛々しい。


もっと丁重に扱われて然るべき娘だ。

そんな言葉が一瞬喉元までせり上がったが、ヘンリーは何も言わなかった。


隣で頬を赤らめつつ必死にローレルを安心させようとしている弟を見ると、余計な口は挟まない方が良さそうだと判断した。




ヘンリーの計らいで、屋敷では午前中とは思えないほどの食事が用意された。


焼きたてのパン。

香草の香るスープ。

つややかな腸詰め。

厚く切られた肉料理に、彩りのよい野菜。

朝食というより、もはや昼餐(ちゅうさん)に近い。


「こ、こんなに……?」


ローレルは目の前に並んだ皿を見て、ぱちくりと目を瞬かせた。


「遠慮なく食べてくれ」

「でも……私、こんなに食べられるでしょうか」

「全部食べきる必要はないよ。残しても構わない」


ヘンリーが穏やかに言い、ルークも何度も頷く。


ローレルは、恐る恐るフォークを手に取った。

食事の作法など、きちんと習ったことはない。

孤児の彼女にそんな機会はなかったし、聖女になってからも、誰も教えてはくれなかった。


少し迷ってから、一番食べやすそうな腸詰めにフォークを刺す。

口元へ運び、意を決して噛みしめた。


ぱきっ、と心地よい音が弾ける。


「――っ!」


その瞬間、ローレルの表情がぱっと明るくなった。


肉汁がじゅわりと広がって、香辛料の香りとともに舌を満たす。

こんなにしっかりと味のついた温かな食べ物を口にしたのは、一体いつぶりだろう。


「どう? 美味しい?」

「はい──すっごく美味しいです!」


花が咲いたような笑顔だった。


その様子に、ルークは思わず笑みを浮かべる。

と同時に、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。


腸詰め一つで、こんなにも嬉しそうにするなんて。

街の食堂でも、珍しくない料理だ。

それを前にこんな顔をするということは、これまでどれだけ食に恵まれてこなかったのか。


ローレルの細すぎる手首や、衣服の上からでも分かる華奢な身体を見て、薄々察してはいた。

けれど現実として突きつけられると、どうしようもなく腸が煮えくり返りそうになる。


(今まで、一体どんな生活をしてきたんだ……)


無言のまま、ギリリと唇を噛みしめた。


「ルーク、肉を切り分けて差し上げたらどうだ?」


向かいからヘンリーが、さりげなく声をかけた。


「あ……ああ、そうだな」


兄の意図を察したルークが、すぐに皿へ手を伸ばす。

ナイフとフォークを使って、肉を食べやすい大きさに切り分けていく。


「あ、あの……私は、そんなに食べられないので……!」


ローレルが慌てて首を振った。


遠慮しているのかと思ったが、そうではないらしい。

腸詰めを口にしてからも、ローレルのフォークはなかなか進まない。

無理に詰め込もうとしては、途中ですぐに手を止めてしまう。


「……食が細すぎないか?」

「いえ……こんなに食べたのは、初めてです」


ローレルは嬉しそうに笑った。


その一言に、ルークは絶句する。

子どもでも、もっと食べる。

そう言いかけて、寸前で飲み込んだ。

彼女にとっては、それが当たり前ではなかったのだ。


「……少しずつ、食べる量を増やしていこう」

「え?」

「無理はしなくていい。でも、少しずつでいいから」

「い、いえ、そんなにお世話になるわけには……」


ぶんぶんと首を振るローレルに、ヘンリーが静かに口を開いた。


「ひとつだけ、お聞きしてもよろしいですか」

「はい……?」


ローレルが首を傾げる。


ヘンリーは彼女をまっすぐ見つめた。

決して、問い詰めるような声ではない。

しかし、逃げ道を与えたくもない。

ヘンリーの中には、彼の予想が事実であるという、確かな手応えがあった。


「あなたは――ラドクリフ神聖国の聖女様ではありませんか?」


その瞬間、ローレルの顔から、すっと表情が消えた。

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