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追放された聖女は砂漠の国で愛される ~すべてを奪われたけれど、女神の祝福は私と共にありました~  作者: 黒猫ている


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2:砂漠で差し伸べられた手

男たちの下卑た笑い声が、ローレルの耳を蝕む。


「お願い……来ないで……」


今まで、蔑まれることはあった。

見下されることもあった。

けれど、欲望のはけ口として扱われたことなど、聖女として生きてきたローレルには一度もない。


「へへ、怖がってるじゃねぇか」

「大丈夫だって。ちゃぁんと可愛がってやるよ……壊れるまでは、な」

「ははっ!」


男たちがじりじりと距離を詰めてくる。

その視線に晒されただけで、全身が粟立った。


ローレルが、足元から崩れ落ちるように膝をつく。

逃げなければと思うのに、力の入らない足は言うことを聞いてくれない。


──その時だった。

ばたばたと、遠くから複数の足音が響いてくる。


「ああ?」


盗賊の一人が怪訝そうに振り向いた、その眉間に──矢が、深々と突き刺さった。


「が――っ」


短い呻き声を残し、男の巨体が地面へ崩れ落ちる。

一拍遅れて、盗賊たちがざわめいた。


「ひっ……!」

「て、敵襲だ!!」


ローレルにとって、正に神の救いそのものだった。


「相手は指名手配された盗賊団だ! 手加減は不要!」

「おう!!」


若い男たちが武器を手に駆け込んでくる。

剣を抜く者、槍を構える者、弓を引き絞る者。

統率の取れたその動きに、盗賊たちの顔色が変わった。


一人の青年がローレルの前へ滑り込むように立つ。


「嬢ちゃん、大丈夫か?」

「は、はい……っ」


答える声は、震えていた。


青年たちはローレルを庇うように盗賊との間へ入り、すぐさま交戦に移った。

剣戟の音が響き、怒号が飛び交う。


負傷者の治療には何度もあたってきたローレルだったが、実際の戦いをこれほど間近で見るのは初めてだった。

剣が振るわれる度、血の匂いが立ちのぼる度、身体が竦んで凍り付いてしまう。

そんな中、ひときわ若い青年が、盗賊と切り結びながらローレルの視界に入った。


軽やかな足運び。

鋭い剣筋。

けれど次の瞬間、その背後へ回り込もうとする盗賊の姿に、ローレルは息を呑む。


「――危ない!!」


咄嗟に上げた叫びは、甲高く響いた。

青年が振り向く。

だが、僅かに遅い。


「ぐっ……!」


盗賊の短剣が、青年の脇腹を抉った。

同時に、青年の剣が盗賊の肩口から胴へと鋭く走る。

血飛沫が散り、盗賊はその場に崩れ落ちた。


「ルーク、大丈夫か!?」

「あ、ああ……っ、ちょっと失敗したな……」


仲間たちが次々と駆け寄ってくる。

どうやら、今傷を負った青年はルークという名らしい。


盗賊たちは程なく全員倒れ伏し、戦いは終わった。

けれど、ルークの脇腹からは今もじわじわと血が滲み、衣服を赤く染めている。


「あ、あの……お怪我が……」

「これくらい平気だ」


そう言って笑ってみせるものの、ルークの顔色は明らかに悪い。

額にはうっすら汗まで浮かんでいる。


「君こそ、大丈夫か?」


その言葉に、ローレルは一瞬きょとんとした。

こんな状況でも、先に気遣われると思っていなかったのだ。


「わ、私は……」

「あんまり顔色が良くなかったから、心配だったんだ」


不器用な言い方だった。

けれど、その声音に下心も打算もないことくらい、ローレルにも分かった。


仲間の一人が眉を顰める。


「まずいな。盗賊のアジトにポーションでもあればいいが……」

「やめておけ。この状態で動くのは危険だ」

「でも、このままじゃ――」


彼らの会話から、街道に現れる盗賊団の討伐依頼を受けていたこと、ローレルが襲われているのを見て駆けつけてくれたことが分かった。


ローレルは唇を引き結ぶ。

そして、勇気を振り絞って、一歩前に進み出た。


「あの……その、お怪我……」

「街へ戻れば治療を受けられるから、大丈夫だ」


ルークは気遣うように微笑んだが、その微笑みはどこか苦しげだった。

血を失い始めているのだろう。

ローレルは、両手を胸の前でぎゅっと握りしめた。


「私に……治療させてください」

「……へ?」

「私に、治療をさせてください!」


思いのほか、強い声が出た。

ルークだけではない。

周囲の冒険者たちも、一斉に目を丸くする。


神聖力が貴重なこの世界で、治癒の力は極めて稀だ。

しかもここはラドクリフ神聖国の外。

神聖力そのものを目にしたことがない者も多い。

冒険者達の怪訝そうな視線を受けながらも、ローレルはルークの前に膝をついた。


「少しだけ、じっとしていてください」


そう告げて、傷口へそっと手をかざす。

次の瞬間、淡い光がローレルの掌から溢れ出した。


柔らかな光は水のように揺らめきながらルークの脇腹を包み込み、裂けた皮膚を静かに塞いでいく。

流れていた血が止まり、苦しげだった呼吸が少しずつ落ち着いていった。


「……すげぇ」

「お、おい……俺、奇跡を見てるのか?」

「神官でもないのに……?」


仲間たちが口々に息を呑む。

当のルークだけは、言葉を失ったようにローレルを見つめていた。


砂に汚れていた髪が、光を浴びて白銀にきらめく。

やつれているはずなのに、その横顔は不思議なほど清らかだった。


ローレルは治癒を終えると、ふっと小さく息を吐いた。


「傷口は塞がりました。でも、流した血が戻るわけではありませんから……しばらくは安静になさってください」

「あ……ありがとう」


ルークは、短く礼を言うのが精一杯だった。

仲間たちがニヤニヤと彼を見ていることに気付いて、ローレルが慌てて手を引っ込める。


「その……勝手なことをしてしまって、申し訳ありません」

「いや、助かった。むしろ礼を言うのはこっちの方だ」


低く落ち着いた声でそう言われ、ローレルはそっと顔を上げた。

二人の視線が交差する。

ルークは一瞬だけ言葉を失ったように瞬きをし、それから誤魔化すように頭を掻いた。


「君は……その、一体……」

「ローレル……と、申します」


ぺこりと頭を下げる。

ルークもつられたように、慌てて頭を下げた。


「ローレル……」

「はい」

「そっか。ローレル、か……」


確かめるように名を繰り返すルークを見て、仲間たちはそれぞれに意味深な笑みを浮かべていた。




盗賊の手から助け出されたとはいえ、ローレルの身体は限界寸前だった。

街へ戻り、宿の一室へ通された途端、張り詰めていた糸が切れた。

礼を言う間もなく、ベッドに腰を下ろしたそのまま、崩れ落ちるように眠ってしまった。


「彼女の宿代は俺が出す。治してもらった礼だ」


ルークがそう言って譲らなかったため、仲間たちは苦笑しながらもローレルのことを彼に任せることにした。


翌朝。

久しぶりに柔らかな寝台で一晩眠り、水浴びまで済ませたローレルは、見違えるようにさっぱりしていた。

まだ痩せてはいるものの、砂と汗にまみれていた昨夜とは違い、白銀の髪も本来の輝きを取り戻している。


食堂へ下りると、先に来ていたルークがぱっと顔を上げた。


「おはよう、ローレル。よく眠れたか?」

「はい。おはようございます。とてもよく眠れました」


素直に答えると、ルークはどこかほっとしたように表情を緩めた。


「それならよかった。何か食べられそうか?」

「え、あ……はい」


テーブルを挟んで向かいの席に腰を下ろしたローレルに、ルークは一瞬だけ言葉を失った。


昨夜は気づかなかった。

砂に汚れ、疲れ切っていた娘が、こんなにも美しいとは思っていなかったのだ。


「……?」

「い、いや。なんでもない」


ローレルが不思議そうに首を傾げると、ルークは慌てたように咳払いをして視線を逸らした。


「ここの食堂は鶏料理がうまいんだ。夜なら煮込みが名物なんだが、朝だと、どうだろうな──」


突然、ごいんっ──と、鈍い音が響いた。


「っったぁ!?」


ルークが頭を押さえて前のめりになる。

いつの間にか背後に立っていた青年が、容赦なく彼の頭頂部を拳で殴りつけたのだ。


「ルーク。お前、いつまでほっつき歩いているつもりだ?」

「あ、兄上……?」


涙目になったルークが振り向く。


そこに立っていたのは、貴族然とした美しくも知的な青年だった。

年はルークよりいくつか上だろうか。

穏やかな品の良さを感じさせる一方で、今は呆れを隠そうともしていない。


ローレルは反射的に身を強張らせた。

その青年はルークを見下ろしたまま、深々とため息をつく。


「盗賊討伐の手伝いに行ったきり戻らないから来てみれば……宿でのんびり朝食とは、いい身分だな」

「いや、ちょっと色々あって……!」

「その“色々”を説明してもらおうか」


有無を言わせぬ口調だった。

だが、ルークを本気で責めているというより、あくまで呆れているように聞こえる。


そこで、青年の視線が、ルークの向かいに座るローレルへと向けられた。


ローレルが、ぴくりと肩を震わせる。

整った服装、洗練された立ち居振る舞い。

見ただけで高位貴族だと分かる。

ラドクリフ神聖国で幾度となく向けられてきた侮蔑の視線を思い出し、息が詰まった。


そんなローレルの様子に気づいたのか、青年はほんのわずかに目を細めた。


「……そちらのご令嬢は?」

「あ、えっと、その……」


珍しくルークが口ごもる。

昨夜からずっと落ち着かない様子だった理由を、青年は一瞬で察したらしかった。


「……なるほど?」


小さく呟いた声に、ルークがぎくりと肩を跳ねさせる。


「ち、違うからな!? いや、違わないっていうか、そうじゃなくて――」

「何が違うんだ?」


ますます面白そうなものを見る目になっている。

ルークは言葉に詰まり、耳まで赤くしていた。

そのやり取りを前に、ローレルはおろおろと二人を見比べるしかない。


やがて青年はひとつ息を吐き、改めてローレルに向き直った。


「失礼しました。ルークの兄のヘンリーです」

「……っ」


優しい声音だった。

なのに、ローレルは反射的に身を竦めてしまう。

そんなローレルの反応を前に、ヘンリーは僅かに眉根を寄せた。

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