13:不器用な告白
ローレルの瞼が、ぴくりと震えた。
その瞬間、ルークは息を呑み、触れていた指先を思わず引っ込める。
「ん……」
微かな吐息が、静かな部屋に響いた。
やがて、重たそうに瞼が持ち上がっていく。
薄く開いた瞳はまだ焦点が合わず、夢と現の狭間を漂っているようだった。
「……ローレル?」
ルークの声は、今まで彼が発してきたどんな声よりも弱々しかった。
「あ……」
ローレルは、ぼんやりと天井を見上げた。
見覚えのない部屋。
長く辛い時間を過ごした神殿でもない。
あたたかな記憶が増えつつあったウォーベック侯爵邸とも違う。
「ローレル?」
もう一度、ルークが呼ぶ。
今度の声は、震えながらも必死だった。
「……っ」
その声に、ローレルの意識がようやく現実に引き戻された。
何があったのか。
自分がどうしてここにいるのか。
少しずつ、倒れる前の記憶が蘇る。
刃の冷たい光、燃え上がる炎、そして――。
ゆっくり視線を動かした先に、やつれきったルークの顔があった。
「ルーク……?」
「ローレル……ローレル、ローレル……っ」
ルークは、まるで名を呼び続けていなければ彼女がまた遠くへ行ってしまうとでもいうように、何度も何度もその名を繰り返した。
「良かった……本当に、良かった……ローレル……」
声が掠れる。
次の瞬間、ルークは肩を震わせて泣いた。
「ごめん……守るって言ったのに……俺は、君に守られて……っ」
絞り出すような謝罪に、ローレルは目を見開く。
「そんな、ルークが謝ることではありません!」
「でも――」
「違います!」
自分でも驚くほど、大きな声が出た。
ルークは目の下に濃い隈を作り、頬まで痩けている。
一目見ただけで、この数日どれだけ彼が自分を苛んでいたかが分かった。
ずっと傍についていてくれたのだろう。
苦しんで、眠れなくて、それでも──片時も離れずに。
「ルークこそ、お怪我は……?」
「俺は平気だ。傷一つない」
「そう……なら、良かった」
ローレルの表情が、ふわりと和らいだ。
「ただ、私の方が少し先に気づいて……少し先に動けただけです」
「ローレル……」
「ルークに怪我がなくて、本当に良かった」
その言葉に、ルークの顔がかっと熱くなる。
胸が跳ねた。
息が苦しい。
嬉しいのに、泣きたいのに、どうしていいか分からない。
一度深く息を吐き、ルークは改めてローレルへ向き直った。
「俺は……君を守りたかった」
唇を噛む。
この所作を、この数日で何度繰り返したことだろう。
下唇には、うっすらと血が滲んでいた。
「君を傷つけるものを、全部遠ざけて……それで……」
それで、どうしたいのか。
彼女を守りたい。
ずっと傍にいたい。
誰にも触れさせたくない。
彼女の笑顔も、不安も、心を揺れ動かすもの全て、自分だけのものにしたい。
そんな醜い願いを抱いてしまっている自分を、ルークはもう否定出来ずに居た。
「ローレル、俺は……」
震える喉を、どうにか動かす。
「ずっと、君の傍にいたいんだ」
「はい」
あっさりと返ってきた声に、ルークの目が点になる。
ローレルは、にこりと笑っていた。
あどけなく、無垢で、何の迷いもない顔で。
「あ、いや……そういう意味じゃなくて」
ルークの視線が泳ぐ。
一世一代の覚悟を決めた告白のつもりだったのに、どうやらまったく違う意味で受け取られてしまったらしい。
ローレルは上体を起こしたまま、小さく首を傾げた。
「そういう意味……ではないのですか?」
「ええと……何て言えばいいんだ……」
ルークが、片手で髪を掻き毟る。
「俺は、ローレルが好きなんだ」
「はい、私もルークが好きです」
にこにこと、またも笑顔が返ってきた。
可愛い。
あまりにも可愛すぎる。
今すぐ抱きしめたくなる衝動を、ルークは必死で押し殺した。
相手はつい先日、大怪我を負ったばかりなのだ。
ここで理性を失うわけにはいかない。
「そういう“好き”じゃない……!」
「え?」
「君が思ってるより、もっと……大好きなんだ!」
「はい、私もルークが大好きです」
なぜかローレルが張り合うように言い返してきて、ルークは本気で泣きたくなった。
「いや、だから……友人としてとか、人としてとか、そういうのじゃなくて」
「……?」
「男として、女としてというか……その……」
自分は一体、何の説明をしているのだろう。
ルークがガクリと肩を落とす。
そんな彼を見つめながら、ローレルは少し困ったように眉を下げた。
「私は、神殿の人たちと王太子殿下以外の男性をほとんど知りません」
「……うん」
「だから、男女としての好き……と言われても、正直よく分からないのです」
その言葉に、ルークはぐうの音も出なかった。
期待していた訳じゃない。
それでも、彼女に“大好き”と言われただけで浮かれていたのだと気付き、自分に呆れてしまう。
けれど、ローレルはさらに言葉を続けた。
「でも……砂漠でさ迷い、盗賊に襲われていた私を助けてくれたのも、ウォーベック侯爵家へ連れて行ってくれたのも、私を大事だと言ってくれたのも、優しくしてくれたのも……全部、ルークです」
ルークが、数度瞳を瞬かせた。
「ルークが居てくれたからこそ、今の私があるのです」
その一言一言が、胸の奥へと染み込んでくる。
思っていた以上に。
いや、想像していたよりずっと深く、ローレルは自分を大切に思ってくれていたのだ。
「だから……」
ローレルはそこで、かあっと頬を赤く染めた。
「私だって、ルークの傍に居たいです」
先ほどルークが必死で伝えた言葉が、今度はそっくりそのまま返ってくる。
言った後で恥ずかしくなったのか、ローレルは俯いてしまった。
耳まで真っ赤だ。
「……っ」
ルークの理性は、もはや崩壊寸前だった。
照れている。
そうとしか見えない。
それが嬉しくて、可愛くて、たまらなく愛おしい。
「ローレル……」
低く名前を呼び、ルークは彼女の手をそっと握る。
ひりつく喉を潤すように一度、唾を呑み込む。
「どうか、俺と――」
その時だった。
がたんっと派手な音がして、二人が揃って扉の方を見る。
勢い余って大きく開いてしまった扉の向こうには、ヘンリーとマシュー、ウォーベック侯爵夫妻、さらにはエルドン公爵夫妻までが、ずらりと並んでいた。
全員、酷く気まずそうな顔をしている。
ただし夫人方だけは別で、きらきらと目を輝かせていた。
「皆……全部、聞いていたのか……?」
ルークの声は、氷のように冷え切っていた。
男性陣は一斉に視線を逸らし、女性陣はなぜか期待に満ちた顔をしている。
次の瞬間──静かな公爵邸に、ルークの怒声が響き渡った。









