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追放された聖女は砂漠の国で愛される ~すべてを奪われたけれど、女神の祝福は私と共にありました~  作者: 黒猫ている


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11/15

11:炎の夜

ラドクリフ神聖国からの特使一行は、ついに強硬手段へと打って出た。


狙うは、ウォーベック侯爵家の屋敷。

深夜、塀に縄ばしごを掛けて庭園へ侵入した彼らは、まず煙を焚いて見張りを誘き寄せた。


夜警の男が咳き込みながら現れたところを、背後から取り押さえる。

口を塞ぎ、手足を縛り上げ、その衣服を剥ぎ取る。


「これでよいな」

「はっ」


腕利きの聖騎士が、その見張り番の衣服を身につけた。

その上で、侯爵邸の裏手へ火が放たれる。


ぱち、と乾いた音がして、火はすぐに燃え広がった。

夜気を散らすように赤い火の粉が舞い、木材と布地を容赦なく呑み込んでいく。


「火事だ! 火事だぁぁ!!」


悲鳴のような叫び声が、静まり返っていた夜の屋敷を揺らした。


屋敷に火がつけば、誰もが外へ逃げ出さざるを得ない。

その混乱の中で、聖女ローレルだけを捕らえればいい。


後は彼女を人質にして屋敷を抜け出し、そのままラドクリフ神聖国へと連れ帰る。

いまさら体裁を取り繕う必要はない。

両国の関係はすでに最悪だ。

何より優先すべきは、聖女の奪還だった。


「出てきたぞ」

「……ふん、思ったより早いな」


特使ギンズベリー子爵は、庭園の茂みに身を潜めたまま、目を細めた。


彼らの思惑どおり、侯爵邸から次々に人が飛び出してくる。

深夜ゆえ、皆ほとんど着の身着のままだ。

大半は住み込みで働く使用人たちだが、その中には一目で彼らとは違うと分かる者もいた。


「大丈夫か、ローレル」

「は、はい……」


ルークだった。


火事だと叫ぶ声を耳にした瞬間、彼は真っ先にローレルの部屋へ駆け込んでいた。

この屋敷で何よりも優先すべきはローレル――そう頭に刻み込まれてでもいるかのような速さだった。


彼はローレルを守るように自分の後ろへかばいながら、煙の立ちこめる屋敷の扉をくぐる。


「あれが聖女か?」

「おそらくは」


特使の傍らで、聖騎士の一人が低く答えた。


ローレルは火の手と煙に怯えた顔をしている。

それでも、ルークの背に半ば隠れるように立つ姿は、ひどく目を引いた。


「一緒にいる男……使用人ではないな」

「ウォーベック侯爵家には息子が二人いると聞いております。その、どちらかかと」

「ふん。二人いるなら、一人くらい減っても構わんだろう」


ギンズベリー子爵が、ぞっとするほど平然と言い放つ。


聖騎士がひとつ頷き、立ち上がった。

まずは、聖女を守るあの男を引き離さなければならない。

そのためにこそ、屋敷の見張り番を襲い、衣服まで奪ったのだ。


「ご報告申し上げます!!」

「……何だ」


見張りの衣服を纏った聖騎士が、慌てた様子を装ってルークへ駆け寄る。


ルークは短く応じ、そちらに顔を向けた。

──その瞬間だった。

ローレルの瞳が、男の懐に潜む刃の冷たい光をはっきりと捉えたのは。


「――危ない!!」

「え?」


反応するより早く、ローレルはルークと聖騎士の間へ身を投げ出していた。

男が懐から短剣を抜き放つのと、ほぼ同時のことだった。


「――っ!」


刃が、ローレルの腹を深く裂く。

炎が、飛び散った鮮血を赤々と照らし出した。


「ローレル!!」


ルークの慟哭が、火の爆ぜる音を掻き消した。

ウォーベック侯爵夫妻も、ヘンリーも、屋敷で働く者たちも、その叫びで何が起きたかを悟る。


ルークは即座に剣を抜き、見張りに化けていた聖騎士へ斬りかかった。

一閃。男は呻き声を上げて、崩れ落ちる。


だがルークは追撃しない。

剣を取り落とすようにして、倒れ込むローレルを腕の中へ抱きとめた。


「ローレル! ローレル、しっかりしろ!!」


彼女の腹には、いまだ深々と短剣が突き立っている。

傷口からは熱い血が溢れ、ルークの手を濡らしていった。


「何をしている!! 聖女を傷つけるとは、何事か!」


ギンズベリー子爵の怒号が響く。

その声に、一瞬狼狽していた聖騎士たちが我に返る。


「ええい、こうなっては仕方ない! そのままでいい、連れて参れ!!」


もはや無傷で奪還する余裕はない。

ローレルさえ確保できればそれでいい。

特使の命令に従い、聖騎士たちがいっせいに距離を詰めてくる。


その前に、大柄な影が立ちはだかった。


「ルーク、しっかりしろ!」

「父上……!」


ウォーベック侯爵ユーインだった。

彼はルークが取り落とした剣を拾い上げ、父親とは思えぬ鋭い動きで聖騎士を迎え撃つ。

その背中は、ローレルとルークを庇う壁そのものだ。


「ウォーベックの騎士たちよ、卿らは何のために日頃鍛えているのだ! 今こそ忠誠を示せ!!」


侯爵の声に応じて、屋敷に詰めていた騎士たちが一斉に動く。

剣戟が響き、火の粉が舞い、庭園はたちまち戦場と化した。


「ルーク、こっちだ!!」


怒声混じりに叫んだのはヘンリーだった。

ローレルが刺されたと知るや、自ら馬を駆り、屋敷前へ馬車を寄せていたのである。


「ここでは手当てができない! エルドン公爵家へ連れて行く!」

「だが、この状態で――」


ルークの声は震えていた。

ローレルの血は止まらない。

馬車へ乗せてよいものか、一瞬ためらうほどに、彼女の身体は冷え始めている。


「早くしろ!!」


兄の一喝に、ルークははっと我に返った。


このまま炎の近くに留まる方が危険だ。

屋敷はいまだ燃え、敵もなお迫っている。


ルークはローレルを抱き上げ、そのまま馬車へ飛び乗った。

馬車を取り囲もうとする聖騎士たちへ、ウォーベック家の騎士が必死に食らいつく。

その隙を縫って、ヘンリーが馬を走らせた。


深夜の道を、馬車が激しく揺れる。

その中で、ルークはローレルを抱きかかえたまま、ただ震えていた。


傷口からは、今も血が流れ続けている。

呼吸は浅く、唇は青い。

どれほど呼びかけても、ローレルの返事は弱々しい。


「ローレル……頼む、お願いだ……っ」


ルークの声が掠れる。


守ると決めたのに。

傍にいると決めたのに。

それなのに、自分を庇ってこんなことになるなんて。


ぽたり、と涙がローレルの頬に落ちた。

その時だった。

馬車の屋根を、何かが叩く音がした。


最初は一粒。

次いで、二粒、三粒――。

やがて、それははっきりとした雨音に変わっていった。

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