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追放された聖女は砂漠の国で愛される ~すべてを奪われたけれど、女神の祝福は私と共にありました~  作者: 黒猫ている


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1/14

1:偽りの聖女

砂漠の大陸にあって、唯一、水の女神の加護に守られた国──ラドクリフ神聖国。


かつては砂漠の楽園とまで称えられたその国も、近年は見る影も無い。

潤っていたはずの大地はひび割れ、オアシスの水位は年々下がり、民は空を仰いでは雨を求めるようになっていた。


その原因について、誰もが噂していた。

“聖女が役に立たないからだ”と。


「まだです。手を止めてはなりません、聖女様」


神官長の低い声が、神殿の奥まった一室に響く。


聖女ローレルは、石床に膝をついたまま、小さく肩を震わせた。

目の前に据えられた巨大な紫水晶は、彼女が神聖力を注ぐ度に、ギラギラと不気味な光を返している。


朝から、何も口にしていない。

唇は乾き、指先は痺れ、祈りの言葉を紡ぐ喉もひりついていた。

それでも、ローレルは両手を組み、必死に祈り続けている。


聖女の祈りが、国を潤す。

神官長カールは、いつもそう言っていた。

けれど何時間祈っても、何日祈っても、外の景色は少しも変わらない。

紫水晶だけが、目映いばかりに輝きを増していく。


(どうして……?)


眩みそうになる視界の中で、ローレルは唇を噛んだ。


(どうして、毎日こんなに頑張っているのに、土地は豊かにならないの……?)


祈りが足りないのだろうか。

自分の力が弱いのだろうか。

それとも──。


「……今日は、ここまででよろしいでしょうか」


ようやく絞り出した声は、情けないほど掠れていた。


カールは白い法衣の袖を揺らし、ゆっくりとローレルを見下ろした。

神官長カール・フォレット。

ラドクリフ神聖国でも有数の大貴族、フォレット公爵の弟であり、神殿内でも絶大な権力を誇る男だ。


「女神の加護が薄れている今、休んでいる暇などありません」

「……申し訳、ございません」


叱責に、ローレルは慌てて頭を下げる。

謝りながらも、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。


ローレルは孤児だった。

孤児院の前に捨てられていて、親の顔も見たことがない。

七歳の頃に神託が下り、聖女となってからは、国のためだけに生きてきた。


だが、身分格差の厳しいラドクリフ神聖国で、平民の──それも孤児の聖女が歓迎されるはずもない。


『平民の聖女など、前代未聞だ』

『神託が誤っていたのではないか』

『慣習に従って、平民を(めと)らなければならない王太子殿下がお気の毒だ』


王城でも神殿でも、顔を合わせるたびにそんな言葉を浴びせられてきた。


聖女は国の宝だと、皆は言う。

けれどローレルは、一度だって宝物のように扱われたことがない。


(私だって……好きで聖女になったわけじゃないのに)


それでもローレルは祈り続けた。

罵られても、疎まれても、国が救われるならそれでいいと思っていた。


だが、現実はどうだ。

神殿の外に出れば砂埃が舞い、民は疲れ切った顔で水を求めている。

作物は育たず、井戸は浅くなり、かつて楽園と謳われた神聖国は少しずつ枯れつつあった。

そして、民の不満は、祈りの届かぬ聖女へと向けられていく。




「聖女ローレルよ」


その日、ローレルは謁見の間に呼び出された。


「はい」


額に汗を滲ませて、ローレルが顔を上げる。

病床の国王に代わって玉座の前に立っていたのは、王太子アリスター・ラドクリフだった。

名目上はローレルの婚約者でもある男。

だが、彼がローレルに向ける視線は、まるで汚らわしいものでも見るかのように冷え切っていた。


高貴な金髪に端整な面差し。

誰もが見惚れるほどの美貌を持ちながら、その瞳に宿るのは侮蔑だけ。


「なぜ、貴様の祈りは役に立たないのだ?」


ローレルの肩が、ピクリと震える。


「申し訳ございません……」


謝るしかなかった。

なぜと問われても、ローレルにも分からない。

神官長の教えに従い、毎日身を削って祈り続けている。

それでも、国は豊かにならない。

ローレル自身が、誰よりも苦しんでいることだった。


「申し訳ございません、だと?」


アリスターが鼻で笑う。


「不満の声は、日に日に大きくなっている。にも関わらず、お前はただ謝るだけか」

「わ、私は……」

「まったく役に立たんな」


吐き捨てるような言葉に、ローレルは俯いた。


視界が滲む。

だが泣いてはいけないと、必死に堪える。


「もうよい。お前に期待した俺が馬鹿だった」

「……は」


「聖女であること以外、何の価値もない女だというのに、その肝心の祈りすら届かぬとはな」


その一言は、刃のように胸に突き刺さった。


ローレルは深く頭を下げたまま、震える唇を噛む。

何か言わなければと思うのに、喉がひりついて言葉にならない。


「下がれ」

「……失礼、いたします」


やっとの思いで一礼し、謁見の間を辞そうとした、その時。


「チッ、この役立たずが」


王太子の舌打ちが、背中越しにはっきりと聞こえてきた。


ローレルの足が、一瞬止まる。

けれど振り返ることも出来ず、そのまま再び歩き出した。


どうして祈りが届かないのか、ローレルには分からない。

ただ一つ、思い知らされることは──、


(私は、女神様に見放されているんだ……)


広い王城の廊下。

俯きがちに歩くローレルの足下に、ぽたりと雫が落ちた。




神殿の神官長が王太子に謁見を求めてきたのは、丁度ローレルとの謁見が終わった時だった。


「通せ」

「はっ」


従者に導かれて現れたのは、神官長カール・フォレット。

白い法衣を纏った男は、恭しく頭を下げながらも、どこか余裕を滲ませていた。


「殿下にご報告があって、まかり越しました」

「なんだ」


アリスターの苛立ちを孕んだ声に対し、カールはわずかに口元を吊り上げた。


「あれなる聖女は、やはりまがい物かと」

「……何?」


アリスターの目が細く(すが)められる。


「聖女ローレルは、女神の寵児ではありません。真に選ばれし者は、別に居たのです」

「証拠はあるのか」


その問いを待っていたかのように、カールは静かに告げた。


「我が姪エリザベスが、聖女の力に目覚めました」


次の瞬間、アリスターの瞳が見開いた。


「――でかしたぞ!!」


勢いよく立ち上がった王太子の顔には、隠しきれない喜色が浮かんでいた。


フォレット公爵家の令嬢、エリザベス。

社交界でも名高い美姫であり、血筋も教養も申し分ない。

アリスターの脳裏に、柔らかな金髪を揺らす優美な令嬢の姿が浮かぶ。


平民の孤児ではなく、ああいう女こそ、自分の隣に立つにふさわしい。

未来の王妃となるべき聖女がみすぼらしい平民などと、あってはならないのだ。


「やはり、神託は間違いであったか」

「ええ、これで全て正されるでしょう」




翌日、ローレルは神聖国の騎士たちによって、無理やりアリスターの前に連れ出された。

何の説明もないまま両脇を固められ、鋭い槍先を向けられる。

まるで重罪人でも扱うかのような物々しさに、ローレルの顔から血の気が引いた。


「殿下……これは、一体……」


震える声で問いかけても、答える者は誰も居ない。

王太子アリスターの隣には、見覚えのない一人の令嬢が寄り添っていた。


陽光を思わせる金髪に、眩い宝石を散りばめた豪奢なドレス。

その女は、ローレルがこれまで見たこともないほど華やかに着飾り、勝ち誇った笑みを浮かべている。


「よくも我らを(たばか)ってくれたな」


アリスターの怒声が、場の空気を震わせた。


「え……?」

「平民如きが聖女など、おかしいと思っていたのだ! 一時でも貴様を信じた俺が馬鹿だったわ!」

「ち、違……」


違いますと言いかけて、ローレルは言葉を失った。


何が違うのか、どう説明すればよいのか、自分でも分からなかった。

ローレルは、ただ言われるがままに祈りを捧げただけだ。

誰かを騙した覚えなど、微塵も無い。


だが、アリスターはそんなローレルを見ようともせず、女性の肩を抱き寄せる。


「彼女こそ真の聖女、エリザベス・フォレットだ」

「初めまして、聖女ローレル様……いいえ、元聖女様とお呼びした方がよろしいかしら」


うっとりと微笑むその顔は、息を呑むほどに美しい。

それだけに、目の奥に浮かぶ嘲りが、ひどく残酷に思えた。


「本来であれば首を()ねても飽き足らんところだが、一応はお前にも神聖力があるからな」

「まぁ、なんとお優しい」


アリスターの言葉に、エリザベスがうっとりと表情を蕩けさせる。


「殿下は慈悲深くも、国外追放で済ませてくださるそうよ」

「国外……追放……?」


ローレルの声は、掠れていた。


「今後、我がラドクリフ神聖国は、新たな聖女エリザベスのもとで豊かさを取り戻すであろう!」


アリスターの宣言に、居並ぶ騎士たちが一斉に声を上げた。


「新たな聖女に栄光あれ!」

「未来の王妃殿下に忠誠を!」


神殿を揺るがすような歓声の中で、ローレルだけが立ち尽くしている。


国外追放。

元聖女。

未来の王妃。

聞き慣れぬ言葉が、耳の奥でこだまする。


聖女の座を失った。

同時に、王太子の婚約者という立場も奪われたのだと、ようやく理解出来た。


(……ああ)


視界が、ゆっくりとぼやけていく。


(ここには、最初から……私の居場所なんて、なかったんだ)


ローレルは覚束ない足取りで、その場を後にした。


どうせ部屋に戻ったところで、持ち出すようなものは何一つない。

支給された粗末な神官服が数着あるだけだ。


ほどなくして騎士たちがやって来て、ローレルを乱暴に馬車へ押し込めた。

向かう先は国境。

ラドクリフ神聖国と隣国ベレスフォード王国の境にある小さな村を過ぎたところで、ローレルはたった一人、街道に放り出された。


それから、どれほど歩いただろう。

照りつける陽射しの下、ローレルは裸足のまま、ふらふらと街道を進み続けていた。

与えられた水も食糧も、ほんのわずか。とっくに底をついている。


足の裏は熱を持ち、細かな石で傷つき、喉は焼けるように痛んだ。

それでも立ち止まれば、そのまま二度と起き上がれない気がして、前へ進むしかなかった。


今自分が歩いているのが、まだラドクリフ神聖国の土地なのか。

それとも、すでにベレスフォード王国へ入っているのか。

そんなことすら、もうローレルには分からない。


視界が霞み、膝が折れそうになった、その時だった。

がさりと、街道脇の茂みが揺れる。


「あぁん? なんだぁ、この女は」


ぞっとするような低い声が響き、ローレルは思わず顔を上げた。


「随分と汚ぇな」

「まあ、でも女には違ぇねぇ」

「へへっ、いい拾い物じゃねぇか」


革鎧を纏った男たちが、にやにやと下卑た笑みを浮かべながら姿を現す。

腰には剣、頬には古傷、どう見ても堅気ではない。


──盗賊だ。


「ひっ」


声にならない悲鳴が漏れる。

逃げなければ。

そう思うのに、疲れ切った足は、鉛のように重い。


男達が、獲物を囲い込むように、ゆっくりと近づいてくる。

ローレルは青ざめた顔で、一歩、二歩と後退った。

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