1.両雄の再会編 8話
木々のざわめきが、ある一点で不自然に途切れている。 なにやら空間が広がっていそうだ。 藪をかき分けると、ぽっかりと草原が広がっていた。
タクトは、その空間を観察する。奥に、石造りの大きな建物が見える。その周りには3人ほどの人影がある。剣を振っている。
「おそらくあれだ。武装している」
そういいながら、地図の場所を確認する。
「思ったより簡単に見つかったな。行くか?」
ぶっ潰してこいという、ロンの言葉が頭に浮かぶ。俺たちだけで制圧してこいということなのだろう。人影をもう一度見る。2人が剣を持ち、1人は槍を背負っている。
「恐らく魔導士もいる。気づかれる前に攻めるぞ」
「だな。それにアンプもあるかもしれねえ。使われる前に片付けねえと」
たしかにそうだ。使われないまでも、持ち去られる前に処理していまいたい。
「気を引く必要があるな。どちらかがここから隠れて魔力でけん制している間に、もう一方が森に紛れてあの中に突入する」
「それならけん制担当は俺が適役だな。なんなら近づかれる前に処理するぜ」
ニッと歯を見せて笑う彼。どちらも危険ではある。だが、あのロンが二人だけで送り出した意味を、察さねばならない。
「……死ぬなよ」
「お前こそ」
短く言葉を交わし、タクトは森を右回りに移動し始めた。距離がある。慎重に進まねばならない。音を立てないよう、だが、最大限の速さで木の間を駆ける。
建物まであと半分ほどの距離まで来た。そろそろか?
乾いた、火花を散らすような音が聞こえる。よく聞いている音、ジクードの電撃だ。まさにベストタイミング、さすがだ。
移動しながら、木の隙間から草原を伺う。電撃が迸る中、敵3人がそちらへ向かっているのが確認できた。そのうちの一人に直撃、倒れた。
建物の警備が空いた。
タクトは駆けだす。敵兵はジクードの雷に翻弄され、こちらに気付いていない。
様子を見るに、あれはロンの言っていた階級のうちの、下位悪魔だろう。たしかに聞くまでもなく、感じてわかるものではあった。
ジクードの陽動が光る中、タクトは敵拠点の建築物に侵入することに成功した。
拠点というだけあって、実用的な造りだった。粗雑な石造りで、窓は最小限。防衛拠点としては上出来だが、住むには最悪だ。イルカイザの連中は、昔から建築哲学が変わらないらしい。実家に帰ってきたようで安心するよ。
ジクードの戦闘音を背に、拠点の中へと進む。まず広がっているのは、エントランスのようだ。広い空間に、雑多に汚れたテーブルと椅子、床の質感がそのまま伝わるほど薄っぺらなカーペット。室内に薄っすらと埃が舞っている。汚いな。
タクトはその部屋を探索する。誰もいないようだ。しかし広いな、この建物の半分はこの部屋のためにありそうだ。奥に、階段へと続く出入り口がある。やはり2階建てか。上の階も見ておこう。何か重要なものがあるかもしれない。
出入り口へと向かう。様子をうかがうために顔だけ出して階段を確認しようとした時だった。
甲高く振動する高周波音が、微かに聞こえた。
これは、まさか?と思い身を引いた瞬間だった。
目の前を岩石が通過し、壁へとぶち当たる。壁を粉砕した岩石はバラバラに砕け、何事もなかったかのように消えていく。破砕された壁だけが、その衝撃を物語っていた。
「外のうるせえのを片付けに行こうと思ったのによお、なんだ2匹いたのか」
階上から低い声が聞こえる。先ほどの岩石を放った人物に違いない。
タクトが剣を抜くと、その男は先ほどの出入り口から姿を現した。恰幅のよい、中年の男だ。目からは静かな殺意さえ感じる。先ほど外にいた連中とは、醸し出す空気が違った。
外のやつらが下位だとすると、恐らく中位以上。死角から狙ってきただけあって、隙を見せない。
「なにもんだ?お前ら。軍の連中じゃないな」
男は睨みをきかせる。敵は手ぶらだ、武器を持っていない。先ほどの攻撃、岩を扱う魔力なのだろう。よほどそれに自信があるように見える。手の内が分からない以上、迂闊には近づけない。とりあえず出方を伺おう。
「自分から名乗るのが礼儀だろう」
「何言ってんだコソドロが!何が目的だ!?」
岩男は声を上げる。隙をついた緻密な攻撃をしてきた割に、意外と直情的だな。ここに勝機があるかもしれない。
「首とったあとに、墓前で話してやるよ」
「へっ、後悔すんなよ!」
高周波音が鳴り響き、岩男の両手に先ほどと同じ岩石がまたたく間に組み上がる。早いな。溜めの間に距離を詰めるのは難しそうだ。それならば。
広い空間の中を、タクトは回り込むように走る。まずは回避だ。あれを食らうわけにはいかない。
岩男は狙いを定めようとしている。あれを放った後が勝負だ。躱して、次の充填までに接近し叩く。一撃で仕留められなくとも、切り傷さえつけてしまえば有利に働く。
俊敏に移動するタクトに、岩男は生成した岩石を放てないでいる。どうやら狙いを定めようとしているらしい。案外慎重なやつだ。いや。
タクトは考える。やつは狙いが定まっていないのではなく、体力の消耗を図っているのでは?
動きを止めた。それが狙いなら、動き続けるのは得策ではない。来たものに対応した方がいい。
そこへ、岩石がとんできた。躱そうと考えたとき、突然岩石は砕け、細かな礫となって襲い来る。
想定外だった。躱す間もなく、体中に無数の傷が走る。
「ぐっ」
痛みを堪え、近くにあったテーブルの陰に隠れる。
敵の動きについて、瞬時に考える。止まった瞬間にとんできたな。突然動きを止めたことに動揺の間も無さそうだった。単純に狙えなかっただけか。だが先ほどの礫攻撃は厄介だ。それならつけ入る隙は一つ。
砂煙が立つ中、体中が痛む中、タクトはテーブルの陰から立ち上がる。
「そんなもんか?大仰な割に威力も大したことなさそうだ」
タクトは挑発する。岩男が無言でまた充填を始める。狙い通り。敵の方向へと突き進む。
「何を!?」
大男はその行動に動揺した。真っ直ぐ突っ込むのは、逃げ場を放棄する行為。恐らくタクトの行動理由がわからなかったのだろう。
「よくわからんが死ねえ!」
岩石砲が放たれる。それは空気を切りながら、破壊目標たるタクトへと、突き進む。
衝突する直前に、タクトは身を低くし、スライディングをする。岩石砲は、彼の頭上を通過していく。タクトが気づいた隙は、岩石の下にあるデッドスペース。最短距離で躱せるのはここだった。
予想外の軌道で目の前まで迫りくるタクトに、面喰らう岩男。
「やりよる!」
再充填を始める。だが、そうはさせない。
タクトは左手の平に空気を圧縮する。胸元から、高周波音が鳴り響く。
岩男は、何かに気づいたようだった。顔色が変わる。
圧縮した空気弾が、岩男の肩に当たる。男は体勢を崩した。
終わりだ。そのまま剣を振り上げ、岩男へと袈裟斬りする。タクトの斬撃が、敵を捉えた。
……はずだった。
手首に衝撃を感じる。激しい振動だ。右手が異様に軽い。なんだ?背後で、カランと軽い音がする。
剣を見ると、それは中央で真っ二つに折れていた。
「勝ったとでも思ったか?」
はっとして敵を見る。岩男の胸元。斬りかかったところには、頑強そうな岩がへばりついていた。これが剣を弾き、折ったのだ。
考えが甘い。ロンの言葉が、身にしみる。
岩男は勝ち誇った顔をしながら、こちらを見下ろしている。こちらに動きがないのを見ると、口を開く。
「なんだてめえ、もしかして同類か?」
その疑問に、タクトは答えない。岩男のいう言葉の意味が、彼にはわかっていた。
この状況はまずい。剣を失った。距離が近い。狙いが見透かされていた。ここからの手筈は……。
「シカトかよ。ま、いいさ」
岩男の手の平に、岩石が充填されていく。殺意のこもった眼差しが、タクトを捉える。
手筈は……。考えるのをやめた。
死。タクトの脳裏に、それがよぎった。
外のジクードは無事だろうか。これだけ時間が経っているんだ、失敗したと見て撤退してくれていたらありがたい。だが、そうはいかないのがあいつだな。俺が帰ってこないと見たら、真っ先に特攻してくるのがジクードという男だ。
タクトは覚悟を決めた。どうせ自分は、少年兵時代に死ぬはずだったのだ。その運命に抗って、余計に生きてきたに過ぎない。ロンはまた次の弟子を探すだろう。それでいい。
だが、それでいいのか?タクトは敵を見据える。岩男は今にも次弾を発射しようとしている。
そうだ、なんのためにここにやってきたのか。生活のためだ、ここで死んだら元も子もないではないか。タクトは、折れた剣を握りしめた。
どうせなら足掻いてやる。
タクトは近くにあった椅子をつかみ、投げつける。直撃するが、岩男は動じない。
「しつこいわ!」
岩石が発射される。タクトは躱しきれず、折れた剣を両腕で支え受け止めるが、衝撃で吹き飛ばされてしまう。その威力で吐血する。
痛みに悶え続け目を開けると、眼前に岩男が迫っていた。
終わりだ、と言わんばかりに敵が腕を振り上げた時だった。
打って響いたような、甲高い音。
それは、鋭い斬撃だった。
音を立てて、岩男の胸元に生成されていた岩板が弾け飛ぶ。
「ぐぼっ!?」
胸元を抑え、倒れ込む。
何があった?と考える間もなく、気配を感じた。そちらを見る。
白銀の長髪の男。剣をもち、こちらへと歩いてくる。間違いない、宿舎で出会った、クローゼだ。
クローゼは、ツカツカとこちらへ歩いてくる。
「なぜここに」
死の恐怖から解放され、呼吸を荒く尋ねる。
クローゼは床に手をつくタクトを一瞥する。
「助けに来た、と言えば聞こえはいいが、暫く泳がせてもらった。こいつらの戦力を測るためにな」
以前と同じく冷たい声だ。感情の込め方を知らないらしい。
ここにいる理由は気に食わないが、救われた身なのでケチはつけられない。
岩男が立ち上がる。
「貴様、王国軍だな。結局てめえらの手先だったのかよ」
「そういうことだ」
冷徹な声を響かせ、クローゼが斬撃を放つ。それは敵の肉や骨を断つ、真っ直ぐなまでの太刀筋だった。ほれぼれするほどの剣技に、タクトは恐れすら感じる。
潰れたような音を立てて、岩男は崩れ落ちる。赤いシミが石造りの床を伝わり、広がる。静寂が、この空間を包み込む。
敵を仕留めたクローゼは、こちらに向く。剣を振り、刃を染める血を飛ばす。飛ばされた血が、タクトの真横を通り、粗末な床を彩る。
「期待したほどではないな」
クローゼは冷たく言い放つ。
なんだと?と顔をしかめるタクトに、クローゼは続ける。
「父上が特別に許可を下ろしたと聞いていたが、こんなものとは。……言い直す。期待もできんな」
父上。その言葉に、タクトは察する。クローゼが、総司令ウラナスの息子だということに。




