1.両雄の再会編 7話
場面は変わる。
コールドスリープで目覚めた義手の男は、洗練された金属の壁と床に覆われた、長いトンネルのような通路を歩いていた。長年の経過によるものなのか、ところどころ薄傷は見えるが、圧倒的なまでに垂直なその壁は、もはや恐怖さえ感じるほど。
しばらくすると、壁や床と同じ素材でできた、扉のようなものにたどり着く。卵型の枠に、中央を分断するような縦の線。継ぎ目こそあれど、そこには引くべき取っ手も、押すべき重みも見当たらない。男が一歩踏み出すと、歓迎するかのようにその卵型の扉は左右に開いた。
扉の奥には、巨大な空間が広がっていた。およそ自然のものでは考えられないほど四角四面な空間。その中央に、大きな丸テーブルと、それを囲うように7つの椅子が佇んでいる。
だが、なにより異質なものが、義手の男の視線を離さない。
それは、一言で表すと、巨大なガラス球を支える金属のゆりかごだった。
男の背丈の3倍は優に超える重厚な金属の装甲に覆われたその塊は、ただそこにあるだけで周囲の空気を重く、冷たく変えている。中央にある分厚いガラス球の中には、溢れんばかりの緑色の発光体が、逃げ場を求めて狂ったように対流を繰り返していた。
ガラス球の上部から伸びる、数本の太い黒色の管の先には金属の部品がついており、まるで役目を待つかのように堂々と垂れ下がっている。
微かに、耳元を障るような低い重低音が部屋を包んでいる。
彼がその光景に圧倒されていると、背後から硬い足音が聞こえてきた。
振り返ると、白衣を身に纏った老人が立っていた。
◇
エルシア城、総司令室。
ウラナス総司令を前に、タクトたちは横並びになる。
城内が豪華絢爛だっただけあって、総司令室となればどんな未知の世界を見れるのだろうかと思っていたのだが、意外と簡素にしていた。彼の席である机と椅子以外、これと言って特別なものはない。壁に軍旗らしき布が飾られているくらいだ。
「紹介するよウラナス。彼らが、私の新しい弟子だ。タクトと、ジクードという」
ロンは2人を紹介する。弟子?弟子といえばそうか。
タクトは浅く首を下げる。ジクードはぺこりと頭を垂れた。
品定めするように、総司令は厳格な瞳で2人を見比べた。
「若いのを捕まえたな。おまえのことだ、何か光るものを見つけたんだろう」
「光ってるどころじゃないぜ。未来が輝いてる」
答えになっていない気がする。
「失礼ですが総司令」
背後から声が聞こえた。振り向くと、先ほど扉を開けてくれた細身の老人が立っている。
「どうした、オルディン」
オルディンと呼ばれたその老人は、短く咳払いをし、タクトとジクードを見た。なんだろうかと、2人は視線を交える。
「僭越ながら、その得体も知れない若造たちを、正規ではないとはいえ王国軍に関わらせてもよろしいのでしょうか。軍の品位に関わってしまいます」
それを聞いたロンが苦笑する。
ウラナスは何かを考えるように顎を撫でた。低い声で話す。
「おまえの気持ちは嬉しいが、私とロンの仲だ。案ずることはない」
「しかし」
オルディンはまだ引き下がらない。ウラナスが彼を鋭い目で制す。「……わかりました」と、彼はやっと身を引いた。
咳払いし、ウラナスが座り直した。椅子が短く音を立てる。
「今日来てもらったのは、新しい仕事の話だ。……イルカイザに動きがあった」
「なるほどな。ちなみになんだが」
ロンは言葉を切り、タクトを指さした。
「こいつは金にうるさいぜ?」
当たり前だ。命をかける仕事を安請け合いするやつがどこにいる。タクトは堂々と胸を張っていた。
ウラナスはそれを聞き、自身の顎を撫でた。そして笑みを浮かべる。
「お前が弟子を増やしたおかげで、こちらの人件費が嵩むわけだ」
ロンはそれを聞き、高く笑い声を上げる。
「自分の財布から出せるくらいにはもらってんだろ?」
笑い合うその姿に、彼らの関係性が見えてきた。王国軍総司令と元団長。2人はどんな道を歩んできたのだろうか。その後の2人の応酬を、黙って聞いていた。
ふと、机の上に小さな額縁が立っているのに気づく。それはウラナスの方を向いており、何が飾られているのかは見えなかった。
話は終わった。
総司令室を出る際に、オルディンはこちらを目を細めて睨みをきかせていた。まるで子供を連れたイノシシのようだった。その視線に晒されながら、重厚な扉は閉じた。
扉に向かって、ロンは舌をべーっと出す。
「保守派のジジイめ、とっとと隠居しやがれってんだ」
恐らく昔からの因縁があるのだろう。オルディンはもしかしたら、ロンのことも気に食わないのかもしれない。
「あのオルディンっておじいちゃん、何してる人?」
うんざりした顔でジクードが問う。
「あれはウラナスの側近だ。ずーっと昔からついてる。昔は武闘派だったって聞くが、見る影もないよな」
ひょろりとした細身の姿を思い出す。どうやら時の流れとは、悲しいもののようだ。
エルシア城を出て、また白い街並みに戻ってきた。歩きながら、ロンが口を開く。
「さ、仕事だ。リリアックに戻るぞ」
「え、もう帰んの!?せっかく来たのに!?」
ジクードは声を上げた。その気持ちは、タクトにも理解できた。2日ほどかけて王都まで来たのに、とんぼ返りすると言うのだ。特にジクードはこの王都の美しさに惚れ込んでいる様子。帰りを惜しむのはもっともだろう。
「うるせえ大声出すな。遊んでる暇ねえんだよ」
嫌そうな顔のロン。こう言うことは予想できていたのだろう。彼は単純だから。
タクトはというと、内心喜んでいた。この人混みは嫌いだ。静かに過ごすこともままならない。リリアックの閑静な田舎町のほうが、彼の性に合っていた。
「タクトももっといたいよな!な!」
縋るようにこちらを見てくる。いや、そんなことはない。
「仕事だ、切り替えろ」
冷たく言い放つ。ジクードはしょんぼりとした。しょんぼりとしながら、2人のあとについて歩いた。
リリアックに着くと、まずは宿屋を取り直した。以前使っていた部屋がそのまま空いているようだ。王都に程近いとは言え、田舎町。宿泊者は頻繁には来ないらしい。経営は大丈夫だろうか。
翌朝になり、宿舎前で落ち合う。ロンは、総司令から受け取っていた紙を広げる。
「とりあえず範囲は絞れているようだ」
2人はまじまじとその紙を見つめる。それは地図だった。リリアック南側の山間。大きくそこに丸がつけられている。
「てなわけだ、ぶっ潰してこい」
「え?」
「ん?」
驚く2人に、ロンは不思議そうな顔をする。
「俺たち2人で行くってことか?」
ジクードが尋ねる。ロンは当然のように首肯する。
「いつまでも甘えてんな。私にはやることがあるんだ」
やること。総司令直々の任務より先にやること?
ロンはひらひらと手を振り、宿舎へ入ろうとする。
「重要なことなのだろうな」
去りゆく背中に、タクトが投げかける。
振り向かずに、彼は答える。
「当たり前だ、何があってもこれは譲れねえ」
宿舎に入っていってしまった。2人は顔を見合わせる。とりあえず、任せられたらしい。修行はつけたから後はなんとかしろということか?
「……行くか」
それにジクードも頷き、リリアック南側へと歩き始める。
彼らの背中を、宿舎2階の窓から、クローゼが見つめていた。
リリアックは、周囲を山地に囲まれた、山間の町だ。東側のほど近い位置にエルシアがあるため昔はそれなりに栄えていたらしいが、北側に山地を迂回する経路ができたせいで、その雰囲気は落ち着くこととなった。現在は流通をつかさどる人々がたまに通るくらいで、基本は人通りもまばらな、小さな町。
地図の範囲は、かなり絞られていた。リリアックの南側にある、この辺りでは一番高い山の麓。その周辺に印がつけられている。
「また森を歩くのかよ」
ジクードが文句を垂れ流す。王都の絢爛な雰囲気が彼の脳裏にこびりついているのだろう。
「仕方ない。町なかに拠点を構えるはずがない」
イルカイザは現政府に反旗を翻す組織だ。堂々と居を構えてくれていたら嬉しいのだが。
歩いていると、泥地に足跡を見つける。まだそう古いものではなさそうだ。形を見るに、森の奥へ続いている。
「手がかりだ」
「いいねえ、追ってみようぜ」
二人はその証跡をたどり、奥へと突き進む。




