1.両雄の再会編 5話
小屋の前にて、タクトとジクードは金属の箱を睨む。
「間違いなくアンプだ。まさか残っていたとは」
過去に二人で倉庫ごと焼き払ったはずだ。少なくともあの基地にあった在庫は全て焼失させた。これは生き残りか、それとも?
それに、当時のイルカイザによる反逆行動は、その後まもなく鎮圧されたと聞く。それなのにこんなものがまだ残っているということは。
「戦争はまだ終わってねえってことなのか?」
ジクードも似たようなことを考えていたらしい。彼は珍しく真剣な面持ちだった。
その時、砂を蹴る音が聞こえた。
咄嗟にタクトは剣を抜く。ジクードも剣を構え、周囲を伺う。二人の間に緊張が走る。
「お見事だったよ二人とも」
声が聞こえたのは小屋の陰からだった。低いが、響きのある穏やかな声だ。敵意はない、のか?
タクトが小屋の角に目線を移す。そこから、一人の男が現れた。かなりの長身だ。タクトは男を見上げる。
面長で白髪交じりの長髪。温和そうな顔をしているが眼光は鋭い。間違いなく戦士の顔つきだ。腰に携えた、龍が浮き彫りされている重厚な剣が何よりの証。形状は片手持ちの剣のようだが、あれを片腕で振るうには常人離れした筋力を必要としそうだ。間違いない、強い。
タクトとジクードが警戒していると、長身の男は両手をひらひらと振り、敵意がないことを示した。
「驚かせてしまったな、すまない。私は依頼主だよ」
依頼主?今回の任務の依頼主か?ということは。
「王国軍ということか」
タクトは剣を構えたまま問いかける。二人は過去に少年兵として、強制的ながら王国軍とは敵対していた過去がある。この任務が二人を引きずり出すための罠だった可能性もある。
依然警戒を解かない二人に、長身の男は穏やかな声で話す。
「そうだな、厳密に言うと、王国軍ではない。昔のつてで、軍から仕事をもらっているんだ」
「王国軍の下請けってことか?下請けが下請けに仕事投げつけるとか、とんだ中抜き業者だな!」
ジクードが吠える。言われてみれば確かにそうだ。
長身の男は、困った顔をした。
「そう言われると立つ瀬がないな……。わかった、まずは自己紹介する」
そう言うと、彼は腰に携えた剣に手を置いた。戦うという意味か?と警戒したのも束の間、その剣を外し、地面へと置いた。重みを帯びた音とともに、龍翼のような鍔が地面を抉る。やはり並大抵の重さの剣ではなかったようだ。
「これでいいだろう。私は魔力を持っていないし、武装もしていない。話そうじゃないか」
敵意がないことはわかった。彼が見た目通りの強者で、仮に敵意があったなら。恐らく既にタクトたちは立っていない。そう思わせるだけの風格があった。
二人は顔を見合わせ、鞘に剣を納める。それを満足そうに長身の男は見ていた。
「私はロンという。先ほどの通り、王国軍から仕事をもらって生計を立てている。こう見えても40を超えたイケオジだ」
悪いが見た目通りの年齢だ。
「なぜ自警団にこれを依頼したんだ?」
「こいつらは闇ルートで物資を運ぶ組織でね」
ロンは、倒れている男たちに目線をやる。
「私だと表立って動けないんだ。ほら、背も高いだろ?」
「……理由が不明瞭だ」
「そうだな。早い話、君たちを試させてもらった」
試す。その言葉に、タクトは眉を顰める。彼は続けた。
「君たちのように、活きのいい若者を探してたんだ。少しだけ話を聞いてくれ」
怪しげなおじさんだが、どうやら裏は無さそうだ。2人は目線で会話し、彼の話を聞くことにした。
ロンに連れて行かれた先は、リリアックにある王国軍の兵士宿舎だった。
横長に広がる淡いレンガ造りの2階建て。よそ者を受け付けないよう、鉄柵で囲まれていた。ロンが門に手をかけ、軋む音を立てながら中に入る。
「ここ、入っていいのか?」
ジクードは訝しげな表情だ。タクトも同意する。
「何やってる、早く来い!」
ロンがこちらへ激しく手招きしている。どうやら立ち入るしかないらしい。
宿舎の中は整然としながら、生活感もあった。2人が通されたのは、長テーブルに椅子が無数に並ぶ、食堂のような部屋だった。窓から日が差し込んでいる。
戦場に就くものの待遇は、暗く惨めな部屋に詰め込まれるイメージしかなかった。だが、ここは明るいな。
ロンは、どっしりと中央の席に座る。彼とテーブルを挟んで向かい合うように、2人も座った。
「なかなかいいだろう、ここが王国軍の宿舎だ。ここに駐在している隊もあるんだが、生憎出払っているな。いつか紹介してやる」
どうやら本当に王国軍の関係者のようだ。でなければこんなに堂々としていない。
「話というのは」
話を急ぐタクトに、ロンは苦笑いした。
「早くて助かるよ。君たちが見つけた、あの装置のことだ」
それは彼らも聞きたかったところだった。安寧を壊しかねない呪われた装置、アンプのことを。
「魔力増幅装置、通称アンプ。あの小屋にいたやつらが所有していたのは、ある組織からの指示だ」
「闇ルートで物資を運ぶ、とか言ってたよな」
ジクードの言葉に、ロンは頷く。
「そうだ。簡単に言うと、やつらはその組織の足だ。アンプを人目につかずに運ぶためのな」
このロンという男が王国軍から仕事の依頼をされているように、その組織もまた、別組織を隠れ蓑にしているわけだ。
「その組織の名は、イルカイザ」
その名は、冷徹な針を刺したように二人の鼓膜を打った。
忘れもしない。忘れるはずがない。
タクトとジクードは顔を見合わせる余裕すらなかった。ただ、背筋に冷たいものが走る感覚だけが共有されていた。
それを知ってか知らずか、ロンは続ける。
「かつての統一戦争。その残党として活動していたのがやつらだ。だが、人知れず組織は生き延びていたらしい。そして、調査を私が担っているわけだ。表立っては行えない、王国軍に代わってな」
それが、彼の言う王国軍からの仕事だったわけだ。
かつてイルカイザに加担していたことを知られる理由にはいかない。タクトは、冷静な顔を取り繕った。
「そのイルカイザという組織についてと、俺達に目をつけたのは、何の関係がある」
それは彼に対する探りでもあった。彼が調査の上で勘づいているのか、どうか。
「言っただろう?活きのいい若者を探してたって。私にも仲間が必要なんだ」
仲間か。つまり、イルカイザと戦う羽目になるかもしれないのか。2人は顔を見合わせる。ジクードには、迷いの表情があった。
これを安請け合いするのは危険だ。狩人や、簡単な治安維持を担う自警団とはわけが違う。相手取るのは明確な人殺し集団だからだ。これは断るべき話だ。
「もちろんタダとは言わん。報酬は弾むぞ」
「いくらだ」
「早いな。そういう現金な若者は嫌いじゃない」
ロンはにんまりと笑顔を見せる。
「報酬は出来高だ。……と言いたいところだが、今の君たちを戦場に送り出せば、報酬を支払う前に死ぬことになる」
「なんだと?」
「まずは君たちの力量をしかと確かめようか。ついてきなさい」
言われるがまま、宿舎裏にある訓練所と呼ばれる場所へと足を運ぶ。とはいえ訓練所とは名ばかりの、ただの広めの砂地だった。
ロンは木刀を2本、持ってきた。それぞれ2人に手渡す。
「さあ、いつでもいいぞ」
彼らの真ん前に棒立ちするロン。その手には、何も握られていない。
「手ぶらだぞ?いいのか?」
ジクードは訝しみながら確認する。ロンからの答えは、「これで充分」だった。
それならばお構いなしだ、とタクトは間合いを詰め、ロンへと木刀を振るう。
胴を斜めに分断するような軌道。それは空を切った。
最小限の動きで躱したロンを見て、タクトは初対面の予感が当たっていたと考える。間違いなく手練れだ。
「そこだ!」
タクトの剣戟を布石に、ジクードが左手から紫電を迸らせる。
空気を焼く音が鳴り、稲妻がロンの顔面を襲う。だがロンは、上体を反らしただけでそれをやり過ごした。
だが、それは悪手だ。体勢が安定していない彼へ、タクトの突きが迫る。これは躱せないはずだ。
と、思っていたタクトは甘かった。
上体を反らした勢いのまま、木刀の剣先を正確に蹴り上げられる。
手首ごと持っていかれるような強烈な衝撃が走り、タクトの手から木刀が弾き飛ばされた。
「なんてやつだ!」
電撃を放ち、ロンへ牽制するジクード。だが一撃も当たらない。
俊敏な動きで間合いを詰めるロン。負けじとジクードが木刀を振り下ろす。
だが、ロンの掌底がジクードの持ち手を捉えた。あまりの衝撃に取り落とす。
圧倒的な敗北だった。手も足も出ないとはまさにこのことだ。
「ふむ」と2人を見るロン。
「まず、ジクード。魔力に頼りすぎだ。距離を詰められたら為すすべ無し、その剣は飾りか」
しゅん、とするジクード。
次にロンはタクトを見る。
「そしてタクト、剣筋はなかなかいい。狙いもいい。だが、考えが甘すぎる」
それは先ほど確かに痛感した。予想外の動きには、全く対応できなかった。
しかし、ロンは満足げだった。
「二人とも見込み通りだ。これからみっちり稽古をつけてやる」
タクトとジクードは顔を見合わせる。どうやら従わざるを得ないようだ。たしかに、戦闘能力を高めることは、後の食い扶持にも繋がる。悪くはない話だ。
入って早々申し訳ないが、自警団にはしばらく休みをもらった。ロンの圧力が凄かったし、なによりしばらくは困らないくらいの資金をくれたからだ。




