1.両雄の再会編 4話
それは10年前のことだ。
乾いた風が、砂と共に頬を叩く。見渡す限り緑などひとかけらもない、赤茶けた荒野。 鼻をつくのは焦げた油と鉄の臭い。 ある少年は、岩陰で体を丸め、震える呼吸を押し殺していた。
金属のぶつかる音、魔力により発生した炎や雷がぶつかり合い、爆ぜる音。彼の生活の中心は、戦場にあった。
自分がどんな経緯でここに来たのか、あまり覚えていなかった。だが、彼が少年兵として戦わざるを得ない状況になったことは理解していた。
統一戦争が終結し、戦果としてアステリア王国が建国された。戦争は終わったはずだった。しかし、樹立した統一政府に対して、反旗を翻す者たちがいた。反統一政府組織、通称イルカイザ。そう呼ばれる集団だった。
少年は戦争孤児だった。それを組織に拾われた。その後、魔力を使う彼は、10歳と幼いながら兵士として駆り出された。
逃げれば殺される。逃げなくても死ぬかもしれない。そんな死線で、それでも必死に生き抜いてきた。
少年兵は彼だけではなかった。タクトが入った当時は、10人ほどの魔力を持つ少年たちが戦いを強要されていた。2日で半分がいなくなった。するとすぐに、まるで消耗品のように人数が補充された。 そんな新入りの一人として、とある茶髪の少年がやってきた。だが当時は名前がなかった。組織は少年兵に名前を必要としていなかったからだ。
彼らは番号で呼ばれていた。消耗品である彼らは、ただの記号でしかなかった。茶髪の少年は、38番と呼ばれた。
地下を掘って作られた、武骨な岩盤に囲まれた組織の基地。日が暮れ、寝食のときのみ、この基地に入ることを許された。だがそれは彼らにとって癒しの時間というわけではなかった。いつ何時も、監視の目がついていたからだ。
「なあ、お前」
ある日の食事中、38番に話しかけられた。
無視して食事を進める少年。
「なあってば」
「……無駄口をたたいたら、何されるかわからないぞ」
無視し続けられず、少年は応答した。そして、監視している兵士たちを横目で見た。幸いにも今は、兵士同士で世間話をしていた。
38番はうんざりした顔をした。
「そうなんだけどさ、息が詰まるぜこんな生活」
少年は、珍しいものをみたような顔をしていた。いや、それは本当に珍しいものだったのだ。
彼ら少年兵は、死と隣り合わせの戦場と鬱屈した地下基地の往復で、ほとんど全員が感情を失っている。そんな中で感情のままに話す彼は、沈鬱な基地にそぐわない。
彼のことを太陽のようだとは思いたくなかった。少年にとって、太陽は憎悪の対象でしかなかったからだ。日が昇れば、地獄の訓練か、死線への行軍が始まる。光の下には、死しかなかった。だからこそ、薄暗く湿ったこの地下基地だけが、唯一呼吸を許される場所だった。
そんな闇の中で、こいつはあろうことか、自ら輝こうとしていたのだ。
日が昇った。また地獄が始まるのだ。
無味乾燥な荒野を進む。列を乱すことは許されない。規則的に並ぶ。足裏が擦れて血だらけになろうとも、疲労で骨が軋もうが、整列し進む。死ぬ順番を待つ列に並んだほうが幾分救いがあるように思われた。
隣にその太陽が並んでいた。顔は真っ直ぐ前を向きながら、あろうことか話しかけてきた。
「ほんと暑いよな。サボれねえかなこれ」
こいつは本当の馬鹿なのだろうと思った。どうやら早死にしたいらしいが、巻き込まれたくはない。黙って行軍を続けた。
今日のうちに、3人死んだ。その中に38番は入っていなかった。
また岩壁に囲まれて食事を摂る。これが驚くほど美味くない。だが、残せば殺される。そうわかっていた。
「まずいよなこれ。何入れたらこんなもん作れんだ」
相変わらず彼はぼやく。どんな太い神経を持っているのかと、頭を割ってみたいものだ。だが不思議と、彼の私語は指摘されなかった。監視の目が緩いときや、兵士同士で話している時など、機会を見計らって声を出しているのだと気づいた。
どうやら本物の馬鹿ではなかったらしい。感情の死にかけていた少年の心に、彼への興味という一筋の光が差し込んでいた。
とある日。
今日は死地に行かなくてもいいらしい。組織の使っている倉庫の物品点検をするよう命じられた。少年と38番の二人きりだとのこと。
連れていかれたのは、倉庫とは名ばかりの洞窟だった。腐った水と、鉄と燃料が混ざったような臭いがする。外に監視がいるので、彼らは早速仕事に取り掛かった。
剣や槍などの武具に刃こぼれや不足がないのか確認する。不具合のある武具は取り分ける。
洞窟の壁面に、木製の棚がある。水分に晒され続け一部腐っているが、なんとか棚の体を成していた。
「なんだこれ」
38番が、棚から両手で何かを取り上げた。
彼に近づき、よく観察する。
鈍い銀色の鉄の箱だ。びっしりと幾何学模様状の回路のような白い線が入っていた。
この時はこれが何なのかわからなかった。ただただ不気味な箱だとばかり思っていた。しかしその答えを、後日知ることとなった。
それは口にするのもおぞましい光景だった。
戦場に出た彼らを、王国軍兵隊が囲んだ。逃げ場がない、最悪な状況。
必死に魔力を放出した。だが彼らも魔導士であり、子供の魔力など簡単に防がれてしまった。監視として着いていたイルカイザの兵士も炎魔力で応戦するが、彼らの圧倒的な数の暴力になすすべがなかった。そのときだった。再度あれを見ることになったのは。
例の箱を、イルカイザ兵は手に持っていた。それを自身の体に密着させた。
何をしているのかわからなかった。ただその姿が鮮明に焼き付いた。
例の箱の幾何学模様が赤い光を帯びる。その光が、イルカイザ兵の体を包み込んだ。次の瞬間、大地の揺らぐような爆音が轟く。少年は衝撃から身をかばうために地面へ伏せる。
轟音が止んだ。少年が顔を上げたときには、すべてが終わっていた。
王国軍兵士の姿はなかった。あたりには、それららしき黒い物体が点在、死してなお炎を灯していた。
その根源であるイルカイザ兵はというと、胸を抑えて悲痛な叫び声を上げていた。 彼の胸元では、あの箱がまだ赤く点滅している。 箱が触れている部分の皮膚は焼けただれ、まるで機械が彼を捕食しているかのように見えた。
気が付けば、近くに38番がいた。お互いに無言だった。あの箱の実態に、言葉が出なかった。
兵士たちの立ち話で、あれがアンプと呼ばれる、魔力増幅装置だということが分かった。
「危険すぎるよな、あれ」
夕食時、そう38番が切り出した。
アンプは単純に魔力を増加させるだけではなく、暴走に等しい状態を引き起こしていた。確かにあの戦況では、あれを使う以外切り抜ける方法はなかっただろう。だが、その自爆兵器が蔓延っている現実が、信じられなかった。
「とはいえ、どうするんだ」
タクトは監視の兵士に聞かれないよう、同じく小声で答える。38番のせいで、いつしか夕食時に会話するのが日課になっていた。
彼はぐいっと顔を近づける。珍しく、真剣な面持ちだ。
「壊すんだよ、倉庫ごと。俺らの魔力使えばできる」
「……本気で言っているのか?」
「本気じゃなきゃこんなこと言わねえよ。倉庫爆発させて、それに紛れて逃げるんだよ」
意志は固いようだ。タイミングは倉庫点検の時しかないが、いつ回ってくるかも、この二人が選ばれるのかもわからない。
2人で少し考える。それなら、と38番は続ける。
「志願すればいいんだよ、俺ら二人にやらせてくださいってな」
「取り合ってくれるか?」
そんなこと言ったら、最悪殺されはしないかと肝が冷える。
「まあ、任せとけよ」
38番は自信満々に笑顔を見せた。
後日。本当に倉庫点検が回ってきた。一体どういう口八丁手八丁を使って、イルカイザ兵士に取り入ったのだろうか。
彼に聞いてみたが、秘密だと言われてしまった。
以前と同じく、洞窟へと足を踏み入れる。目的のアンプは、記憶通りに棚にしまってある。チャンスが回ってきたわけだ。
破壊には、38番の雷魔力が頼りだった。タクトの風魔力では、威力が足りない可能性がある。
緊張で鼓動が高まる。彼が禍々しい兵器を破壊次第、どさくさに紛れて逃げる。単純な作戦だ。
「最悪、ここでお別れになる可能性もあるな」
タクトは心配事を口にする。38番が彼を見る。
「そんときはそんときだな。でも、再会した時のために、名前を決めておかなきゃな」
「名前を?」
38番は力いっぱい頷く。
「そうだ。名前を呼びあった時が、俺たちの再会の証になるんだぜ」
そういうものなのか?と疑問だったが、確かに名前があったほうがこの先便利だ。
「実は前から考えてたんだ。……お前はタクト、な」
「タクト、か」
「そうだ。お前はこの基地の中で、俺の生きる指針だったんだ。だからタクト」
「俺がか?お前の指針に?」
「ああ、お前がいなきゃ、俺はここまで生きてられなかったかもしれねえ」
なにを言っているのだろうこいつは。こいつのほうこそ、俺にとっての太陽だった。少年には、彼の言うことが理解できなかった。
だが、あまり時間をかけると、外の監視から怪しまれる。頭を振り絞った。
「ジクード。お前はジクードだ」
それが俺の挙げた名前だった。
「ジクードか!ちなみに由来は?」
「響きだ」
ジクードは静かに笑う。
「響きか、いいな。タクトらしいや」
タクトか。改めて名前を呼ばれるというのは、慣れないな。
「覚悟はできたか、ジクード」
彼の名前を呼ぶ。今後一生わすれないように、心に刻み込むように。
「ああ、できてるぜ、タクト!」
直後、視界が白く染まった。 轟音と共に、俺たちの地獄が崩れ去る。
俺たちは、アンプの破壊と、それに伴った逃亡に成功した。しかし追われる中、俺たちはいつしか離れ離れになってしまった。
再会の約束を胸に、今日まで生き抜いてきた。タクトを名乗り、ジクードの名を心に。
そしてリリアックにて、あのときの約束は果たされた。
タクトの流浪の旅には、ジクードとの再会を願う気持ちも込められていたのだ。




