1.両雄の再会編 2話
王都近郊の町・リリアック。
看板を見た青年はほっとする。やっと人並みの生活空間に入ることができた。
町を横切るレンガ舗装の大通り沿いには、低い石造りの建物がまばらに並んでいる。町の規模は比較的小さい。構造を把握するのに苦労はしなかった。
青年は目的の店を見つけ、慎重に扉を開けて入る。
しばらくして、扉を粗雑に開けて外へ出てきた。
狼の素材は、想定よりも金にならなかった。このあたりは王都エルシアが近いこともあってか流通が多く、需要が少ないらしい。
買取の応対をしたオヤジのアホ面を思い浮かべた。だが、怒っていてもしょうがない。とりあえず宿屋を取ろう。
こちらのはずだと歩いていると、石壁に釘打ちされた手漉き紙が並んでいた。全て求人や依頼情報のようだ。
青年は足を止める。なにせ資金不足だ、何か良い仕事がないかと期待した。
「魔導士優遇!」と書かれた求人が目に入る。
このあたりの治安を守る自警団のものらしい。報酬は、と見ると、額はなかなか弾んでいた。
なるほど優遇か。この報酬なら定住も悪くないか。
だが、と青年は胸に手を当てる。こんな魔力でも優遇してくれるのだろうか。
やはり俺には狩人で日銭を稼ぐ生活が似合っている。そう思い、考えるのをやめた。
青年は止めていた歩を進める。
しかし、先行きをどうしようかと考える。このままふらふらと流浪の旅を続けるわけにもいかないだろう。手先が器用な方ではない自覚があったから、製造の仕事は向いてなさそうだし。とりあえず宿屋を、と歩いていると、口論が聞こえてきた。
「だーかーらー!盗ったんでしょ!?店の人も言ってるんだからさあ!その袋の中見せなよ!!」
大声を出している若者はおそらく自警団だろうか。白いユリの花を胸元にあしらった制服を身に着けている。
対峙している中年の男は困ったような顔だ。知らねえなあ、勘違いじゃねえのか?疑念を解こうと必死で話している。
万引きの取締だろうか。しかし、なにやら聞き覚えのある話し方だ。
そこへ、1人の中年の女性が割って入る。
「ごめん!!その人じゃなかったかも!!!」
「へっ?」とその女性を見る自警団の男。女性は、どうやら店の者らしい。
「もしかしたらあの人かも!じっと見てるし、犯人は現場に戻るって言うし!!」
気がつくと、女性と目があっていた。
「何!?」と言う自警団の男。「ごめん!!」と先程まで対峙していた男に頭を下げ、こちらを見る。
俺か?まさかな。そう思っている間に、自警団の男が足音を立てて近づいてくる。まさに俺のほうに向かってきているではないか。
町に来て早々、めんどうなことになった。逃亡しようか、と考えたが、こちらに距離を詰めてくる若者の顔を見てやめた。青年にとって思いがけないことが起こっていた。動きが止まる。
茶色のツンツンとした短髪に、浅黒い肌。人懐っこそうな目じりの下がった目元に赤い瞳。……あの頃と変わっていない。
呆然と見ていると、自警団の若者が、胸ぐらを掴んでくる。
「てめえが犯人か!お縄頂戴するぜ!!」
近くで見た若者の顔。青年は確信する。
あれ、と自警団の若者の表情が緩む。お互いにジーッと見つめる。
「タクト……か?」青年は名を呼ばれる。
「やはり……ジクードか」青年、タクトは若者の名を呼ぶ。
ジクードは素っ頓狂な表情。
「タクト……。お前、お前……」じわじわと泣き出しそうなジクードの表情。
「久しぶりだなジクード。元気だっ」
そう言いかけた時、耳をつんざく大声がタクトの言葉を遮った。
「なんで万引きなんかしちまったんだ!!!」
リリアックの町に怒号が鳴り響く。
再会を祝し、酒場で乾杯するタクトとジクード。それほど広い店ではないとはいえ、昼間だというのに席はそこそこ埋まっていた。酔っ払い特有の、距離感を無視した声量の応酬でさえも、タクトの中では久しぶりに人里へやってきた実感になり替わる。
金属製のジョッキを口から離し、テーブルへ置くや否や、ジクードは両手を合わせ謝った。
「疑ってごめん、あの人いつも他人のこと疑うんだ」
あの女性店員は、定期的に万引きに遭ったと自警団を呼び出すらしい。そしていつも勘違いで終わると。
「それに毎回付き合うお前もどうかと思うが」
「たしかになあ、でも通報した人を疑えねえし。ここ奢るから、許して。な?」
ジクードは手を合わせる。
奢ってくれるなら、まあ。タクトは頷く。
「しかし、今までどうやって生きてきたんだ?」
ジクードが酒を飲みながら質問を投げかけてくる。
「旅をしながら狩人をしていたんだが、いろいろあって今はあいにく仕事を探している。資金が心もとなくてな」
そういうタクトに、ジクードは目を輝かせる。
「それなら自警団がちょうどいいよ!人少ないし、タクトも魔力あるし!」
高報酬の求人が頭をよぎる。紹介なら採用されやすいだろう。さらに人手不足となればお互いに悪いことはないはずだし。タクトは頷く。
「ところで、お前はずっとこの町にいるのか?」
「リリアックに住み始めたのは、ここ5年くらいだ。それまでは別の町で酒場の皿洗いなんかやってたよ。縁あって自警団に拾われてね。楽しくやってるよ」
彼が根明なのは昔のままだった。何があっても明るく振り舞うその姿には、何度驚き、そして何度支えられていたかわからない。
「確かに、楽しくやっていそうだな」
タクトの言葉に、ジクードはニッと笑った。
酒場を出て、その足で二人は早速自警団へ向かう。
ジクードが、通りかかった教会脇に咲いている花に躓いてしまう。
「あいてて」
すっかり酔っているようだ。半笑いで痛がっている。
タクトはやれやれと手を差し伸べる。千鳥足の彼は立つこともままならないようだったので、一旦手を離した。ジクードはまたしりもちをつく。
見ると、彼が躓いた花は根元から倒れてしまっている。これはどうしたものか。教会の関係者へ謝罪したほうがよいのだろうか。弁償しろと言われるだろうか。そうなった場合はこいつがやりましたと差し出せばいいだろうか。
タクトが思案を巡らせていると、運悪く教会の修道女が通りかかった。
黒いチュニックとベールに身を包んだその修道女は、タクトたちと同世代――二十歳そこそこに見えた。ベールの隙間から覗くダークブラウンの髪や、温和なくりっとした目元は、いかにも慈悲深い聖職者といった風情だ。
優しそうな顔つきだ、謝れば許してくれるかも。と考えているのも束の間、状況を見た彼女の顔色がみるみるうちに変わる。
「花を蹴るなんて!」
彼女は見るからに怒りながら花壇へと近づき、倒れてしまった花を拾い上げる。
この様子を見る限り、そう簡単に許してはくれなさそうだ。神よ慈悲を。
「す、すまねえ……」
倒れたままのジクードが平謝りするが、彼女は「ふん」とそっぽを向き聞かない。
「すまない、悪気があったわけではないんだ」
そう言うタクトをちらりと見る修道女。そして目線が下がる。彼らが腰に剣を差しているのを見ると、その目は軽蔑の色に変わった。
「昼間から酒なんか飲んで、人殺し様はよい身分ですね!」
また雰囲気が変わった。優しそうだなどと思った先ほどの自分を恨みたい。だが、それにしても初対面の若者をつかまえて人殺し呼ばわりとは。
「人殺し?早合点をするな、俺たちは自衛のために武装している」
「人殺しの道具を持っている時点で同じことです、言葉で解決しようとしないのは、神の御霊に逆らっています」
まったく話を聞いてくれなかった。
2人は顔を見合わせ、困ったぞと目線で会話する。
「とりあえず、花は弁償する。許してくれ」
ジクードは両手を合わせる。
「死んだ命まで弁償できたらいいんですけどね」
修道女は嫌味を言ってくる。そんなこと言われても。
彼女は花を手に持ったまま、教会へと入って行ってしまった。あれを土に植えずに、どうするつもりなのだろうか。
激昂の修道女を見送り、二人は同時にため息をつく。ジクードが口を開いた。
「おっかない修道女だな、ああ言われたら立つ瀬ねえや。……見ねえ顔だけど最近引っ越してきたんけ」
どうやらこの町の新入りらしい。随分と正義感の強い女性が入ってきたものだ。これでリリアックはより活気を帯びるのだろう。俺は知らないが。
傷心の2人は、無言で自警団の事務所へ向かった。
教会に入った修道女ステラは、花を持つ手に力が入っていた。彼女の胸に、亡き両親の顔が浮かぶ。その記憶が彼女の意志を、固くしていた。




