表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WINDFALL  作者: あおい
28/28

2.未知との遭遇編 27話

 

 不意にまぶしさを感じ、眉間をへこませる。視界がほのかに赤い。恐る恐る薄目を開けてみると、それが朝日のせいだと気づいた。ちょうどタクトの顔に差し掛かった日光。

 もう朝か。準備をしなくては。

 恨み節を念じながら、下段ベッドから這い出す。ふと上段を見てみる。いない。もぬけの殻のようだ。

 気にしている場合ではないと、タクトは身支度を整える。

 足元を見ると、奴の寝間着らしき塊が落ちていた。それを蹴飛ばし、何故か開けっ放しのドアを閉めつつ、宿泊部屋を後にした。

 

 その足で向かったのは訓練場だった。すでにミカヅキが、木刀を振っている。

 さすが、朝が早いことだ。彼からは眠気など一切感じなかった。

 あとから来た手前、少し歩調を早めて彼のもとへ近づく。

「早かったな。では始めようか」

 こちらに気づいたミカヅキは、木刀を下ろす。彼はいつもこう言うのだが、いつも先に来ているのは彼なのだが。

 素直にうなずいて見せる。今日はミカヅキに、例の手本を見せてもらえる日だった。

 この朝練は、彼から提案してきたのだった。

 もしかしたら、いつも羨望の念を込めて彼の剣を見つめていたからかもしれない。あの上等な剣が欲しいという思いが強かったのだが。

 とはいえ何か手がかりがつかめれば、この王国軍という職務においてこの上ないスキルとなる。それがタクトを、ミカヅキとの朝練に駆り立てていた。


 目の前のミカヅキが纏っていた暴風が、解き放たれた。その余波が、傍観していたタクトの顔に鋭く衝撃を与える。初めて見た。こんなものがあったのか。

「まあ、こんなものだ」

 事もなげに、ミカヅキは隊服を手で整える。

 こんなものがマネできるのだろうか。タクトの心の中に、疑念が積み重なっていく。

 それを見通したかのように、ミカヅキはフッと口元を緩ませる。

「だが忘れるな、剣術あっての魔力だ。最後は肉体の強さがものをいう」

 簡単に言う。それを咀嚼しきれていないタクトは、無表情に虚空を見つめる。つまり、剣術を鍛えろということなのだろうか。

「では、今日はここまでだ。用事があるのでな」

 身を翻し、彼は去っていく。

 副団長として忙しい身でありながら、こんな自分に時間を割いて稽古をつけてくれる。それは風魔力同士という縁あってなのか、それとも憐れみなのか。タクトにはわからなかった。


 ◇


 朝の気配に、ジクードは目を一杯に開く。

 待ちに待った非番だ。昨夜はあんまり寝れなかったが、体調は万全だぜ。

 上段ベッドからはしごを滑り降り、自身の私物が混雑している衣装棚へと最短距離で駆け込む。

 服を着替え、寝間着を放り投げ、顔をごしごしと拭く。最後に交互に腕を上げ、ニオイを確認する。大丈夫だ。きっと大丈夫だ。

 扉を開け放ち、廊下へと飛び立つ。勢いそのままに、宿舎を出て町へと駆け出した。

 今日は彼にとって、人生で一番楽しみにしていた日なのだ。


 朝のリリアックは、静かなものだった。停滞したような空気を突き破りながら、ジクードは目的の場所へとその足を動かす。

 ここだ、待ち合わせ場所の、商店前。ぴたりと立ち止まる。

 しばらくの間、あたりを見回す。絶えず、見回す。休まず、見回す。

 ジクードの首が何千回転した時だろうか。彼の目に、光が宿る。

 遠くからこちらへ歩いているレティシアを、ジクードの目は捉えていた。氷塊に釘が打ち込まれるような、強引な氷解が町の中に響き渡る。

「おはようレティシアさん!!!」

 遥か遠くの彼女が、しきりにあたりを見回す。あれ、見えてないのかな。

「おーーーーーーい!!!」

 大きな声と大きな手を振る。その強引な刺激により、レティシアはジクードの存在を認識したようだった。

 しばらく経ち、合流する2人。

「おはようジクードくん。きみは目がいいんだね……」

 苦笑いしながら、彼女は歩み寄ってくる。

「声もでけえからな!!」

 ジクードは自信満々に答える。

 それにしてもと、ジクードはレティシアの頭の先からつま先までをまじまじと見る。栗毛色の髪には、二つの大きな輪っかを描いた白いリボンが結ばれている。いつもの軍服とは打って変わった清廉さ。

 普段着のレティシアさんも……美しいぜ。

「じゃあ、いこっか」

 そんな思考を逸らすかのような、彼女の言葉が差し込まれる。

「はい!」

 元気に返事をし、2人は並んで歩き出す。


 あの日交わした約束、「わかった、考えとく」

 しばらく音沙汰がなかったので、直後の自警団暴動事件のうやむやで、もう忘れ去られたものかと思っていた。

 先日、食事の準備中のことだった。皿を両手に、ネクタールさんのもとへと運び、次の仕事にとりかかろうとしていた時だった。

「ジクードくん」

 秀麗な声で呼ばれ、即座に返事をした。レティシアさんを見ると、手招きしている。なんだろう、と不思議に思いながらも、そちらへ寄った。

 口元を隠すように、手のひらを当てている。小声で話したいということか。耳を寄せる。

 至近距離。レティシアさんが近くにいる。なんか花みたいな匂いする。表情が垂れてしまう。

 ほんわかとした心の隙を突き、釘のような衝撃が差し込まれた。

「この前言ってくれた、休みの日にって話。あれ3日後どうかな?」

 心臓が貫かれたかのように固まり、蘇生したかのように跳ね上がった。思わず彼女のほうを見る。間近の麗しさが、困惑したように後ずさった。

 ジクードは頷いた。何度も何度も、頷いた。

 それからは、朝日が昇るのを数え間違えないよう気を付けた。


 気がつくと、澄んだ音が耳元を流れていた。ひらひらと、目の前を緑の葉が落ちていく。

 我に返り、目線を四方に動かす。水だ。水が流れている。

 ん、そうか、川だ。川が流れているんだ。町にいたはずなのに、なんで川にいるのだろうか。

 突如として人里離れた森の中に取り残されたような感覚に陥り、隣にレティシアさんの存在を認めてほっとする。

「レティシアさん、ここは?」

 自分でもわかるほどの間の抜けた声だった。

「川だけど」

 歩みを止めず、見たまんまのことを言うレティシアさん。

 普通初デートって、ショッピングとか、町中でやるもんじゃないの?

 そっか、レティシアさんは大人(4歳上)だから、こういう落ち着いたところのがいいのかなあ。

 清澄な流れを横目に、湿った砂利を頼りに進む。お世辞にも足場がいいとは言えない。これがデートで歩く道なのだろうか。

 レティシアさんの手を取ってエスコートしたいところだったが、彼女は悪路をものともせず、淡々と歩いていた。なんとか後ろをついていく。なんかおかしいよな。

 しばらく歩くと、視界が開けた。

 ぽっかりと、木々に囲まれた聖域が、ジクードの目の前に広がる。

 外界からその姿を覆い隠さんばかりの広葉樹から、絶えず舞い降りる葉っぱたち。彼らはまるで別れを惜しむように、宙を泳ぐ。ゆるやかな清流が柔らかく受け止めると、新たな命を得たように下流へと滑る。

 耳を澄ますと、胸の鼓動音を引き立たせるせせらぎ。頬を撫でるそよぎ。

 自然の営みが織りなす調べに、目を閉じる。

 心が洗われるようだ。ずっと求めていたものがここにあるのではないか。そう錯覚するほどに。

 そうか、レティシアさんは二人でこの場所に来たかったんだ。そして――。

「よく来たな、竿は用意してあるぞ」

 ん、男の声がするぞ?

 慌てて目を開ける。何かいる。ごしごしと袖で瞼を擦り、よく目を凝らす。

 川べりに、竿を構える背丈の高い長髪の男。知っている顔だ。

 ミカヅキ副団長その人だった。

「なんでいるの?」

 唖然として聞く。

「なんでって、ジクードくんが誘ってくれたんじゃない」

 と、レティシアさんの言葉。うん?

「君も釣りに目覚めてくれたとは嬉しいよ。今日は大漁かもな」

 うん?

「副団長とスケジュール合わせるの、難しかったんだから。でも先輩として、任せられたらやる女なんだけどね!」

 おん?

 つまり、レティシアさんはあの時、俺から釣りに誘われたと思って、ミカヅキ副団長に話をつけたと。

 で。結果が、いま。これ。

 ……なんで?

 邪魔者から、木の棒を押し付けられる。糸がついている。竿だ。

「突っ立っている暇はない。魚は待ってはくれないからな」

 うるさいな。

「私も初めてなの。ジクードくんに誘ってもらったおかげね」

 いや、それほどでも。

 糸の先を見る。釘を曲げたような釣り針に、餌がついている。深くため息をつきながら、ジクードは竿を振る。乾いた節が、わずかに指腹を削る。

 ぽちゃん。と間の抜けた音が、形骸化した聖域に、寂しげに広がった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ