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WINDFALL  作者: あおい
25/28

1.両雄の再会編 24話

 リリアックの町に訪れた暴動。その異常が平定され、夜の町は本来の静けさを取り戻していた。

 追い込まれるような戦闘の後についてきたのは、現状確認だった。路面へ座り込んでいたタクトは、震える足を掴み、否応なしに立ち上がった。

 クローゼより、教会周辺区域の確認をするよう指示されたタクトは、顔を顰めた。またあのステラという修道女に絡まれてもかなわない。そこで、ジクードに区域の交代を申し出てみた。

「ちょうどよかったぜ」

 彼は快く承諾してくれた。何がちょうどよかったのかは、聞かなかった。心変わりしても困るからだ。

 ただ、気にはなったので、彼が教会の扉を叩き、中から出て来たステラに頭を下げているのを、遠目に確認した。

 担当区域を一通り確認した限り、周囲の建物に被害は見受けられない。人通りの少ない夜だったことも幸いし、人的被害もなかったようだ。

 各々調査報告を終え、帰路へとついた。


 疲労困憊。その言葉のままだった。重たい足を引きずり、深夜の町をタクトは歩く。皆、無言だった。ジクードでさえも、その丸い目を半月のようにしてしばたかせている。

 沈黙のままのクローゼ隊一行を、彼らの不規則な足音と、町から漂う食事の香りが包んでいた。

 ようやく宿舎へと帰還する。明かりの灯った食堂だけが、彼らを温かく迎えてくれた。なだれ込むように入室する。

 中には、捕虜のアルーシャが、緊張した面持ちで、相変わらず椅子に縛りつけられていた。特段変化はないようだ。

「ミカヅキ副団長はどうした」

 珍しく芯のない声で、クローゼが彼女へと問いかける。

 顔を強張らせたまま、彼女はそのただでさえ小さな口を、小さく口を開く。

「あっち」

 応答もせず、クローゼは無表情のまま項垂れた。

 どこかはわからないが、近くにいるのだろう。とりあえず今は座りたい。タクトは食卓テーブルへと向かい、椅子を引いた。

 動かない。何かに足が引っかかっているようだ。

 何もこんな時に、と下に目を向ける。違和感に気付く。こんなものあったか?

「ん」

 背後から、クローゼの漏れ出た声。彼も異変に気づいたようだ。

 床を両断するかのような、細く鋭い穴。傷口には細かなささくれはなく、ヤスリで研磨したように綺麗なデザインとして頭が認識した。引いた椅子は、それに躓いていたようだ。

「これは」

 疲れで状況がよく呑み込めない。頭を整理するように、声を出した時だった。

 木の擦れる騒がしい音が、耳に入ってくる。廊下から聞こえてくるようだ。徐々に近づいてきている。開け放たれた扉の方を、注視する。

 スッと、木の板材がスライドしてきた。何枚か重ねられた板が、食堂に入ってこようとしている。まるで木の化け物だ。

 部屋の内部へ侵入した木の化け物は、床にゆっくりと倒れた。埃が舞い上がる。寝ころんだ板材の後ろに、誰かいる。

 ミカヅキだ。パンパンと、埃を払うように両手を叩いている。

 彼は、こちらの存在に気づいた。

「なんだ、帰ってきたのか」

 建築資材の運搬をした直後には似つかわしくない、冷静で響きのある声。

「それは……一体?」

 レティシアが、覗き込むようにして尋ねる。彼は涼し気な表情を崩さない。

「板だ」

 見ればわかる。のだが、そう言われて合点がいった。

「まさか」

 床の傷を見る。細長く、深い傷。これは刀傷だ。あまりに綺麗に切断されていて、気づかなかった。

「本当はお前たちが帰ってくる前に済ませたかったんだが」

 そう言って、床に積み上げた板材を、つま先で小突く。

 隣から、ゆっくりと深く息を吸い、吐き出す音が聞こえた。クローゼだった。とりあえず呼吸を欲したらしい。表情こそ崩れてはいないが、心なしか老けた気がした。

 そんな彼を見たのか見ていないのか、ミカヅキは、シルバへと問いかけた。

「すまないシルバ、ハンマーはどこにあったか」

「え?へえ、倉庫です。取ってきますね」

 疲れた足を奮い立たせ、シルバが立ち上がる。

「そうなのか、探したが見当たらなかった。頼む」

 卒なく、補修準備を進めていく副団長。

 クローゼはそこでやっと口を開いた。

「ここで何があったのでしょうか」

 言葉から読み取れる感情は、一言でいえば、茫然、だった。




 床の修理は、そう時間をかけずに終わった。

 ああ見えてシルバは手先が器用だった。ほとんどの釘打ちは、彼がやってしまった。その技術力と度量の広さに、皆が感謝を述べた。そして我先にと、風呂の準備を始めた。

 捕虜の件があるので、皆が入浴を終えるまで待っておくと、レティシアは言い張った。その隣でジクードはもごもごと、「俺が」と言いかけていたので、割って入った。

「俺が見張りをする」

 毅然と言い張る。ジクードはチラチラと交互に観察している。

「いやでも、悪いよ」

 そう言ってレティシアは引き下がらなかったが、大丈夫だと言い続けると、ついに折れた。自宅へと帰るのを、ジクードと並んで見送った。誰よりも先に入浴したいのは、彼女だっただろうし。それに。

 修理作業の影響で、アルーシャは再び休憩室に戻されている。1人、現地へ向かう。


 扉を開ける。部屋の奥からタクトの顔を見た彼女は、見るからに不機嫌そうだった。なんだろう、汗臭かっただろうか。

 見張りに入ったのはいいものの、これといって何をすればいいのか確認していなかった。とりあえず逃げ出さないようにすればいいのだろう。ふくれっ面を横目に、扉付近の椅子を引き、着席する。不自然なほどの距離感が生まれる。

 暫く待っていれば誰か帰ってくるはずだ。それまで待とう。腹を括り、背もたれに体を預けていると、声が飛んできた。

「あんた、あたしに何か言うことないの?」

 顔を上げる。アルーシャは相変わらず、頬を膨らませていた。

 言うこと?……なんだろうか、見張りのときには話題を持ってくる規則でもあるだろうか。そんなこと、聞いていなかったな。

 少し考えていると、痺れを切らしたように、彼女の頬から空気が抜けた。

「剣だよ!あたしの剣!」

 ああ、と腰に携えた剣を見下ろす。そういえばそうか、彼女から貰ったものだった。手に馴染んでいたので、すっかり忘れていた。しかし、疑問だ。

「必要なのか?」

 現在、彼女は敵地に放り込まれた捕虜の身だ。正直、あの実力では、剣を持ったところですぐさま制圧されるのが目に見えている。そこまでして返してもらう必要はないだろう。

「はあ?」

 呆れたような顔で、こちらを見るアルーシャ。こちらの意図が伝わらなかったらしい。よく考えてみれば、彼女からすれば俺は剣泥棒なのか。だからといって、出来ない相談に変わりはない。

「悪いが、捕虜に武器は持たせられない。当然だが」

 浮かない顔で俯くアルーシャ。あからさまに冴えないその仕草は、単なるわがままのようには見えなかった。心の中ではどうでもいいことだったのだが、折角の話題なので聞いてみることにした。

「この剣に、何かあるのか」

 彼女は下に向けていた顔を、僅かに上げた。

「死んだおじいちゃんから貰ったんだ。危ないから持っておきなさいって」

 護身用にしては実用的な剣だ。だから頂くことにしたのだが。物騒な老婆心だ。いや、老爺心か?

 ぽつりと話し始めた彼女の次の言葉を、黙って待つ。

「あたし、魔力がもらえるって聞いて、イルカイザに入ったの。どうしてもおじいちゃんを喜ばせたくて。でも、ダメだったんだ。とりあえず出兵だって言われて。……このザマなの」

 魔力が貰える。その言葉に、タクトは目を細めた。

「お前は魔力を、得ていないんだな」

 タクトの冷静な声に、彼女はハッと顔を見上げる。

「いや、今のは……!」

 右の手のひらを突き出す。制止の意図が伝わったらしく、アルーシャは押し黙った。

「安心しろ、話はわかった。この剣がお前にとって、何よりも大切だということは」

 腰の剣に触れる。無機質で、冷ややかな金属。だが心なしか、その奥に温かみを感じた気がした。

「あたし、その剣で人を斬ったことないの。だって、大事なおじいちゃんと、同じだから……」

 目が赤くなり、それを隠すように下を向くアルーシャ。

 タクトは、天を仰いだ。これまでの戦歴を思い出す。

 人は、斬っていないはずだ。狼は斬った。……ノーカウントとさせてもらえないだろうか、おじいちゃん。

 徐に、腰から剣を外す。その音に反応したのか、彼女は顔を上げた。

「悪いが、時が来るまでこれは渡せない。それだけは分かってくれ」

 少し距離を空けた状態で形見の剣を両手に持ち、相手の目線に合わせる。彼女はその言葉を噛み込むように、ゆっくりと頷く。目の赤みは次第に引いてきたようだ。捕虜とはいえ、女性を泣かせでもしたら、何と言われるか分からない。

「だが、約束する。この剣で人は斬らない。これは保管して、次の剣を探す」

 ぱっと、見開くアルーシャの目。タクトにとってその顔は、眩しすぎた。

 彼はその光から、目を逸らさずにはいられなかった。


 ◇


 時は遡る。

 暗い闇の底、機械の脈動が響く巨大な空間。巨大なガラス球を支える金属のゆりかごが、異様な重低音を纏って、そこに佇んでいる。

 その部屋で向かい合う、二人の男。

 義手の男は、目の前に佇む、白衣を着た初老の男を見つめる。

「目覚めたんだな」

 白衣の男は、しわがれた低い声をかけてくる。その目には積み重ねられた年月を感じさせるような深い闇と、時が来たことを待ちわびたような、希望の光が同居していた。

 義手の男は、しばし見つめ、その男の顔から逆算を始める。

 そして、ふっと表情を緩ませる。

「トルキアか。見違えた」

「20年も経つのだ。多少は老けよう」

 トルキアは、不満げに声を漏らした。

 多少か。それどころではないかもな。背後を振り返り、ガラス球の中で踊る緑の発光体を見つめる。

「ここまでは計画通りだ。やることは山積みだぞ、レイ」

 レイ。そう名前を呼ばれた義手の男は、静かに笑みを浮かべる。


 誰の目にも触れない闇の底で、20年の時を超えた、両雄の再会が果たされていた。



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