1.両雄の再会編 22話
手早く戦闘準備を進める。ジクードは手に、自身の剣を掴み、感触を確かめる。
考えとく。レティシアさんの言葉を思い浮かべる。約束したんだ、必ず次の、二人の休みが重なる日まで、死ぬわけにはいかねえ。
「出るぞ」
クローゼ隊長の言葉が飛ぶ。ジクードは力強く目を開いた。
「よっしゃいくぜ!」
現地に向かいながら、暴動の概要を説明される。
騒動が起こっているのは、リリアックの大通りの教会にほど近い位置だという。
教会と言えば。修道女のあの子、まだ怒ってるかな。なんやかんやで、まだお詫びができてなかったな。怒られんの怖いよな。でも悪いことしたの俺だしな。
花を蹴ってしまったあの時を思い出し、今度謝りに行こうと決心する。
目標地点に到着したジクードは、その光景に目を見張った。
暴れているのは、10人ほどの男女。彼らは手に持った剣を振っている。だがそれは人に向けてではなく、空を斬るように、闇雲に振るわれている。そこまでは説明されたとおりだ。だが、見覚えのある、白いユリの刺繡が目に入る。その制服は、まさか。
「何やってるんだ、みんな!!」
驚きのあまり、大声で叫ぶ。あれは自警団の制服だ。それにみんな、よく知った顔だ。所長までいる。ジクードは、旧知の中である自警団が暴れる姿に目を疑う。
クローゼ隊長が、ゆっくりと近づく。
「こちらは王国軍だ!武器を捨て、両手を頭の後ろで組め!!」
大声だ、珍しい。この人こんなおっきい声出せたんだな。
しかし、それは彼らには届かなかった。まるで亡霊のように宙を仰ぎながら意図のわからない行動を繰り返す団員たち。目の前で同じく状況を観察していたらしいクローゼ隊長は、剣を握りしめ、そして鞘に納めた。
「仕方あるまい、鎮圧だ!武器や魔力は使うな!傷つけないよう立ち回れ!」
隊長が指示を飛ばす横で、その声を聞き終わらないうちにタクトが前に出る。手には剣を持っている。
「貴様!」
慌てて声を出すクローゼ隊長。
あっけにとられていたジクードも、タクトに続いて走り出した。ちっ、と舌打ちしつつ、冷徹隊長も追いかけてくる。
彼は恐らく、剣を持ちながら向かっていくタクトの行動を諌めようとしている。だが、ジクードにはわかっている。俺の親友は偏屈なところはあるが、実は思慮深い。何か考えがあって武器をもっているはずだ。
タクトは吸いつくような足捌きで、狂乱する自警団員の懐へと滑り込んだ。的確に鍔に向けて剣を振る。衝撃で手を取り落とす団員。彼はその剣を拾い上げ、しばし観察してから、投げ捨てた。お気に召さなかったらしい。
そこへ別の団員の剣が振るわれる。タクトは冷静に飛びのき、距離をとった。
闇雲に動いていると思ったが、さっきの一撃は、たしかにタクトを狙っていた。防衛意識があるようだ。ジクードは無意識に観察する。
同じことを考えていたらしい隊長は、大きく声を出す。
「武器は防御にのみ使え!わかっているな!」
明らかに特定の個人へ向けた指示だった。タクトが小さく頷くのが見えた。
シルバさんやネクタールさんは、団員たちがほかの場所へ行かないように、彼らを後方から囲むように展開している。レティシアさんは可憐な動きで攻撃を躱しつつ、相手の隙を伺うように両手を構えている。花びらの舞うような美しい身のこなし。思わず見とれそうになる。
団員たちの前に歩み寄るクローゼ隊長。眼前に迫った剣に、瞬時に左腕を伸ばす。危ないのでは?と思ったが、杞憂だった。彼の手のひらが、剣鍔を的確につかみ、抑えている。
なるほど、そんな方法があんのか。ジクードも剣を鞘に納める。
近くにいた団員が剣を振るう。ちょうどいいや、やってみっか!剣に腕を合わせようとして、やめた。身を反らし、攻撃を躱す。
「ちょっと怖すぎんな」
やっぱり肝座ってんだな、隊長。尊敬しちゃうぜ。
視界の隅で、次の剣を投げ捨てるタクトが映る。まだ頑張ってんだな。その執念も尊敬しちゃうぜ。
かと思えば、彼は、一点を見つめだした。何ごとだ?とその視線の先を確認すると、青白い顔をした所長が佇んでいた。
まさか、と思ったのも束の間、タクトは姿勢を低くし、所長へと迫る。風のような速さだ。真剣な眼。ジクードは団員たちの攻撃を躱しながら、行く末を見守る。
距離を詰めてきたタクトに対し、所長は大振りな剣戟。それをなんなく躱し、持ち手を叩く。剣が、軽い音を立てて落ちる。
また確認作業かな?
その予測は裏切られる。
突然、鈍い音が響いた。
タクトの腰の入った拳が、所長の顎先を揺らした。陽か陰か、なんらかの意思が乗ったような、完璧な右ストレートだ。それを受け、ヨタヨタとおぼつかない所長。少しの間をおいて、背中から倒れこんだ。晴れ渡ったかのような表情でそれを見送るタクト。
……面接のときの恨みか?
埃を落とすかのように、パンパンと両手をはたくタクト。ふと燃え滾るような妖気を感じ、視線を動かすと、物凄い形相で彼を睨みつける隊長様が見えた。
見なかったことにしよう。ジクードはすぐに目を反らした。その視線の先の光景に、息を吞んだ。
気絶したかのように倒れた所長だったが、すぐさま立ち上がったのだ。所長、そんなに体強かったのか!?
それを見て目を見張るタクトと、心なしか少し安堵したようなクローゼ隊長。
やはり自警団は、なにかに操られているようだ。そんな違和感がある。それに加えて、物理的に攻撃してもすぐに立ち上がってくる。
「どうすれば……」
クローゼ隊は、傷つけられない暴徒に、ただ防戦を強いられた。
◇
静かだ。さっきの魚の残り香が、まだ部屋を包んでいる。
ずっと椅子に座ってるから、お尻が疲れてきちゃったな。手足を縛られて動けないから、僅かに腰を浮かして、座る位置を調整した。
皆が出ていき、静まりかえった食堂。アルーシャは捕縛され、1人で座っている。さっきまで賑やかだったのに。暇になっちゃったな。
捕虜生活を始めて、もう何日が経つのだろう。お陰様でご飯には困っていないのだけど、手足を拘束されてたら何にもできない。世話は苛烈だし。
でも、温かい部屋で眠れるもんな。
その時、扉の向こうに、何かの気配を感じた。
ミカヅキという男だろうか。そういえばさっきから姿が見えない。だけど、なかなか入ってこないな。
……もしかして、助けが来たの?ここから出られるかもしれない。……でも。
扉を見つめるアルーシャの胸の中には、期待感と不安感がふわふわと渦を巻いていた。
音を立てることなく、わずかに扉が動いた。指の幅ほどのすき間ができる。用心深く開けている。本当に、来たんだ。胸中の煙のような感情が、ぐるぐると回り始める。
彼女以外に誰もいないことを確認したらしい。静かに、扉が開く。
そろりと息を潜めながら、青白い顔の男が、入ってきた。
「!」
あれは。
アルーシャはじっと彼を見つめる。男はしーっと人差し指を立てる。
「助けに来たよ、さあ行こう」
甲高くも独特の響きのある声。そしてその青白い中に笑顔が貼り付いた顔。そうだ、間違いない。
「サナキア様……」
小声で、アルーシャは男の名前を呼ぶ。
イルカイザ六席の1人、サナキア。アルーシャがいた東要塞を治めている、幹部。彼自らがあたしを助けに来た?いったいなんで?
「今のうちだ、自由にしてあげるからね」
目元まで上がった口角が開く。声をかけつつ、近づいてくる。間には、先ほど食事をした長テーブルが、障害物のように横たわっている。彼はそれを回り込もうと、歩を進めている。
声こそ穏やかだ。だが、貼り付いた笑顔に、彼女の心は恐怖に似た感情を帯びる。
なぜ彼が自ら、こんな雑多な使い捨ての兵を助けに来たのか。決まっている。あたしが要塞の情報を知っているからだ。だから最も確実な方法で、イルカイザは彼を敵地に送り込んだ。
解放されれば、ここから出て自由に動ける。自由になったあとは、どうなるんだろう。
足音を立てずにゆっくりと近づく彼を、アルーシャは震える顔で見つめた。




