1.両雄の再会編 21話
一同は、食堂へと場所を移そうと動き出す。
そんな中、クローゼには迷いが浮かんでいた。すると横からレティシアとジクードの明るい調子の会話が聞こえてくる。
「今日って誰がご飯作るんですか?」
香辛料の袋を開け放ったようなことを、ジクードが問いかける。
レティシアは自身の顎に人差し指を立てる。それを横目に、クローゼはドギマギした。だが、彼女が考えている素振りを見せたので、一旦安堵した。
「ネクタールさん寝てるだろうし、シルバさんは帰りが遅くなってる。まだ新人の子たちに任せるわけにはいかないし……」
まずい流れだ。クローゼの額に冷や汗が浮かぶ。
「え、じゃあレティシアさんの手料理食べてみたい!」
その言葉は火花だった。瞬時に、クローゼは目を見開いて首だけ動かす。そして、ジクードを睨みつける。なんということを。
「そうね!今日は私が腕によりをかけちゃおうかしら!」
彼女の声のトーンが上がる。
額に浮かんでいた冷や汗が一粒、頬を伝うのを感じた。これは、最悪の事態になった。緊急事態だ。
それならば私が、と考え、手を上げようとしたとき、休憩室の扉が開いた。クローゼはそちらに顔を向け、人知れず感嘆の息を漏らした。
「おはようございまーす。ご飯まだですよね」
眠気眼のネクタールが立っていた。その長身が、いつも以上に大きく、頼もしく映った。
「おはようネクタール。悪いが、食事の準備をお願いできるか。私たちはこの捕虜を移動させなくてはいけなくてな」
少し高いトーンで、早口に話すクローゼ。これ以上ない援軍が現れたのだ。一気に片を付けなくては。
「了解です」
そう言ってネクタールは、食堂へと向かっていった。
クローゼは、二人へと体を向ける。
「ジクード、捕虜を運ぶぞ」
「あ……はい」
トーンを落とすジクード隊員。二人でアルーシャの座る椅子の両端に手をかける。
「そんな、隊長。私も持てますから」
慌てたようにレティシアが声をかけてくる。クローゼは首を素早く横に振った。
「いいんだ、疲れただろう。今日は君は、何もしなくて大丈夫だ」
不思議そうな顔をするレティシアをよそに、無表情を装ったクローゼと、浮かない顔のジクードが椅子を持ち上げる。
焼き魚の香ばしい香りが漂う。ネクタールが起きてきてくれて、本当に良かった。そうでなくては今頃、食卓には焼野原が広がっていたに違いない。
クローゼ隊とミカヅキ、それにアルーシャを加えて夕食が執り行われる。
「今日はけっこう釣れたんだ。彼もいたからな」
ミカヅキ副団長は、隣にいるタクトを見ながら話す。
そういえば、それも気にかかっていた。無気力な男だと思っていたが、副団長とともに魚を引っ提げて帰ってきたのは、意外だった。
「タクト、今日は非番のはずだ。なぜ働いている」
目の前のタクトへ向け、クローゼは尋ねる。
「時間があったからだ」
ただそれだけ、彼は素っ気ない返事をする。
その言葉に、シンパシーに似たものを感じた。休暇だというのにわざわざ食料調達に出向く。隊のためを思った行動だ。
重圧を抱えたクローゼにとって、隊の存続のための行動は、自身の休暇にも代えがたい、何より優先すべきことである。新人隊員であるのに、それを弁えている。
何を考えているのか掴めない男だが、多少なりとも人間味は持ち合わせているらしい。
だが、それと同時に、静かに競争心を燃やす。副団長に気に入られているのかもしれない。今回は譲るが、その席は私のものだ。
視界の端で、手錠を外せない関係上、アルーシャにレティシアが食べ物を口に運んでいるのが見えた。
それを目の前に、情けない顔で指を咥えるジクード。
「食わないならもらうぞ」
皿に手を伸ばすシルバに言われ、ハッとなり、「やだし!」と返していた。
◇
その食卓を目の当たりにし、にぎやかだな、とアルーシャは感じていた。
魔力を求めてイルカイザに入ったけど、なんだか鼻で笑われて、結局花は咲かせられず。そのままリリアックに放り出されたっけ。そして……。
ちらりと、遠くに座る黒髪の、目つきの悪い青年を睨む。たしか、タクトと呼ばれていたっけ。あいつに大事な剣をとられちゃった。今は澄ました顔で食事をしている。盗人猛々しいってやつだ。剣返せ。
わいわいと笑顔や明るいやり取りが繰り広げられるこの食卓を味わい、久しぶりにこうやって温かい空間でご飯食べてるな、と目元が熱くなる。
それと同時に、捕虜のあたしも囲んでごはんなんて、どういう狂気集団?とも思った。
「アルーシャさんはなんでイルカイザに入ったの?」
隣から、穏やかなレティシアの声が聞こえてくる。拷問担当であり、天敵だ。
温かい雰囲気に当てられて、うっかり答えそうになるけど、いけない。あくまでもここは敵地だ。そんなこと言うもんか。
ふん、と顔を背けるアルーシャ。
すると、口に何かが入ってきた。塩味。ほのかに生臭さ。魚だ。大きい。一匹丸々突っ込まれてる?
もごもごと、咀嚼しようと頑張って口を動かす。なんとか鼻で呼吸しながらも、目からは涙が落ちそうになる。
「アルーシャさんはなんでイルカイザに入ったの?」
再度、穏やかな声が飛んでくる。
え、それどころではないんだけど。ずっと何なの、この人。いつもすっごい笑いながら、一番ひどいことしてくるじゃん。骨ごと突っ込むから痛いし。
涙目で首を横にぶんぶん振りながら、アルーシャはなんとか口の中を傷めないように頑張って食べ進めた。
なんとか食べ終わった後に目についたのは、レティシアのどこか寂しげな表情だった。
◇
まだ焼き魚のにおいが充満する食堂で、ジクードは皿の片付けをしていた。カチャカチャと音を立てて皆の皿を重ねる。
炊事場では、レティシアさんが洗い物をしている。
水の流れる音、袖を捲り上げてこちらに背を向けているレティシアさん。普段は肩下まで伸びている髪を、白いリボンで頭の後ろに短く纏めている。彼女が訓練や戦闘時以外に愛用しているリボンだ。
その背中を前に高ぶる感情を抑え、皿を抱える。
結局今日もネクタールさんが食事を作ってくれたけど、本当はレティシアさんの手料理、食べてみたかったな。
流しに皿を置く。
「ありがと」
置かれた皿を見て、彼女は短くお礼を伝えた。
その横顔をみて、すこし考える。いつの間にか、口から言葉が出ていた。
「なあ、レティシアさん」
こちらへ目を向ける愛しのレティシアさん。
「なあに?」
いつも通り、優しい声だ。だがその声に、緊張感が高まる。
きっといま、俺はもじもじしている。自覚はあるのだが、止めるとどうなるか分からない。ああ、彼女の目にはどう映ってしまっているのだろうか。
手を止め、次の言葉を待っているレティシアさん。だめだ、出した言葉は引っ込められないよなあ。決心し、口を開く。
「あ、あのさ、今度休みの日に……」
そうジクードが口を開いたときだった。
「大変です、暴動が!」
扉が豪快に開く。駆け込んできたのはネクタールさんだった。
その言葉を受け、クローゼ隊長が素早く指示を出す。
「総員、準備だ!ミカヅキ副団長、捕虜を頼みます」
短く頷くミカヅキさん。
皆が、あわただしく動き出した。目の前にいたレティシアさんも、リボンをするすると解き、準備を始めている。
その場に佇み、あ、え、と言葉を詰まらせるジクード。
レティシアは振り返り、微笑んだ。
「わかったわ。考えとく」
え、ほんとに?
ジクードは、心の中で舞い踊る。緊急任務前だというのに、かつてない喜びが彼を包んでいた。もう世界が滅んでもいいかも。
そんな愉悦を、肩を叩いた手が壊した。
「何してる」
その手は、タクトだった。
はっと我に返り、ジクードも準備に向かった。




