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WINDFALL  作者: あおい
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1.両雄の再会編 19話

 早朝、宿舎。

 その宿泊部屋で、タクトは目を覚ました。ベッドから上体を起こす。

 軍の設備というだけあり、安宿のそれよりは幾分質はいいようだった。大満足とまではいかなくとも、寝るのには困らないし、疲れも少しは取れる。擦れた布団のザラザラとした肌触りが玉に瑕だが、文句は言えない。宿代も浮くのだから。

 二段ベッドの並ぶ、男性隊員用の宿泊部屋。早朝だけあって、起きている者はいないようだ。豪快ないびきが、本来は静まりかえっているはずの部屋に響く。流石にもう慣れたものだ。

 このタコ部屋には、隊員4人が寝泊まりしている。隊長以上には個室が与えられるらしい。羨ましい限りだ。

 この宿舎には、女性部屋がない。そもそも女性隊員が少ないということなのだろう。宿舎隣に位置する一軒家を、軍が押さえているらしい。レティシアはそこに寝泊まりしているそうだ。隊長より優遇されている。

 タクトのベッドは、下段に位置している。その穴蔵のようなベッドから這い出る。

 現在ベッドで寝ているのは、2人。ジクードと、いびきの主シルバ。ネクタールは今、夜の番をしている。

 朝方は冷える。手早く着替えを済ませる。

 部屋に置かれた暦表で、今日が非番であることを確認する。タクトが軍属になって以来の、初めての休みだ。

 ゆっくりと、扉を開ける。静かに、シルバのソロ演奏が響き渡る部屋を後にした。

 

 外はまだ明るくなりきれていない。見慣れたリリアックの町は青く染まり、出歩く人も見当たらない。力いっぱいに張られた糸のような空気が、タクトを包む。もう少し厚着してきたほうがよかっただろうか。いや、じきに温まるはずだ。

 そう言い聞かせ、地を蹴る。まだ目を覚まさぬリリアックの町を、走り始めた。

 静かな町に、浅い呼吸音と白い吐息が、吸い込まれるように消えていく。目論見通り、徐々に体は暖まってきた。

 非番だからといって、特にやることはない。体を鈍らせず、かつ時間を潰す方法が、これしか思いつかなかった。

 この町に辿り着いてから、怒涛の日々が続いていた。ただの放浪の身だった自分が、まさか軍属になるとは思いもよらなかった。食えない上官もいるが、不安定な狩人を続けるよりは全然いい。

 頭の中を整理するように、町を一周した頃だった。

「タクト」

 背後から、鋭く、かつ穏やかさを含んだ声で名を呼ばれた。

 その声に、思わず立ち止まる。振り返ると、ミカヅキ副団長が立っていた。右手には細い木の棒を持ち、左手には銅でできたバケツを提げている。

 戦場で見た彼の背中と不釣り合いなその持ち物に、タクトは顔を固め、三度瞬きをした。

「非番なのだろ?少しは休んでおけ」

 こちらの内心は置き去り、ミカヅキは穏やかな声をかけてくる。

 休んでおけと言われても、あのいびきの中に帰るのも嬉しくはない。

「鈍っては困る」

 そう返した言葉に、ミカヅキは少し口元を緩ませる。

「それならちょうどいい。着いてこい」

 ミカヅキはくるりと背を向け、歩き出す。歩くのか。俺は走っていたんだが。

 とはいえ今のタクトにとって彼は上官であると同時に、命の恩人でもある。着いてこいと言うのだから、ついて行って損はないだろう。

 そう思い直し、彼の背中を追って歩き出した。


 暫く歩いた。森の中を抜ける。

 着いた先は、山の中にある、静かな渓流だった。

 タクトとミカヅキは、川の縁に並んで座り、棒の先から伸びた糸を、静かな水面へと垂らしていた。

「これは……」

 独り言のように尋ねるタクト。

「釣りだ」

 はっきりと返すミカヅキ。

 見ればわかるのだが。と黙っていると、ミカヅキが口を開く。

「今日の食料。お前は隊の分を釣るんだ」

 こんな現地調達で準備するのか。

 ミカヅキが、宿舎であまり姿を現さなかったことを思い出す。そういえば昨日の晩も魚だった。ちょっと待て、副団長ともあろう存在が、わざわざ食料調達しているのか?

 遠い目をしながら、ミカヅキは続ける。

「近頃は財政圧縮やれ、経費削減やれ……。現場にはどうしようもないことばかり言われていてな」

 ミカヅキは、珍しくため息をついた。なんだか彼の悲哀のようなものが見えた気がした。

「第一線で戦う君たちの負担は減らすべきだ」

 だからこうして、自ら釣りをしていると。

「だが、副団長も忙しいんじゃないのか?」

 気持ちを察するように、タクトは確認する。

「いいんだ、急いでやるべきことはそうそうない。それに」

 じっと目を瞑り、続ける。

「こうやって町から離れてると、心が落ち着くんだ。そして自己に浸る。強くなる場は、戦場や訓練所だけではない」

 どういう意味だろうか。タクトには彼の言葉の真意が分からずにいた。強くなる場は、戦場や訓練所だけではない。その言葉を反芻する。

 今までタクトは、戦場での経験を積み、ロンに訓練所でしごかれることによって、着実に地力を上げてきたという自負があった。それは極限状態での緊張感や、まだ見ぬ技術を見て、触れてきたからだと考える。

 だが彼は、この静かな水面で強くなると言った。

「どういうことだ?」

 疑問をそのまま、口にする。

 ミカヅキは、考えるように空を見た。

「君はストイックだ。ロンさんが目をかけただけはある」

 褒められたのだろうか。だがまだ答えを得てはいないようだ。

「だが、そのストイックさは、時に命取りとなる。君は最短距離で物事を考えようとするきらいがあるようだ」

「いけないことなのか」

 タクトの反応に、ミカヅキはフッと笑う。静謐な笑い声だ。

「いや、それは才能だよ。だけどそれを伸ばすためには、別方向への考え方も必要なだけだ」

 つまり、今の自分のやり方では、今後壁にぶつかるときがくるということなのだろうか。彼の言葉を咀嚼しながら、タクトは考える。

 しかし、それとこの釣りがどう関係するのか、皆目見当もつかない。釣り糸を垂らし、魚がかかるのを待つ。時間をかけ、ゆっくりと待つ。……暇だ。現にまだ、どちらの竿にも当たりはない。

 この退屈な空気を象徴するかのように、山鳥の軽やかな鳴き声が聞こえてきた。

 沈黙。

 欠伸が出そうだ。隣のミカヅキは、真っすぐと、弛まぬ眼で、糸先を凝視している。

 どちらにせよ暇なのだ、一応倣ってみる。

 緩やかな水流で僅かに揺れる糸。せせらぎと鳥のさえずり以外、何も耳に入らない、自然のままの景色。変化があるとすれば、川面に流れてくる木の葉の色や形くらいのもの。

 リリアックに立ち寄るまでの旅路でも自然の中で過ごすことは多かったが、いつも何かに急かされていたような気がする。明日の食料、資金、武器。それらの不安を考えることなく、ただ糸に運命を委ねる。

 ミカヅキの言った、最短距離という言葉の意味が、ぼんやりと輪郭を作り始めていた。

 その時、隣の糸が大きく揺れた。ミカヅキが、竿を素早く振り上げる。

 糸の先には、手のひらほどの川魚がかかっていた。

 無言のまま、慣れた手つきでそれを外し、持参したバケツに放り込む。ぴちぴちと跳ねながら、魚は人の手に墜ちた。

 やっと釣れたというのに、彼は喜びもしない。次だと言わんばかりに、無表情に、無駄のない動きで竿を振る。ぽちゃん、と音が1つ。水面に波紋が広がる。

 そして身動ぎもせず、次の獲物を待つ。

 彼は果たして、楽しいのだろうか。

 観察していたところで、手元が揺れた。突然のことに、一瞬反応が遅れる。

「何してる、早く引け!」

 ミカヅキが、切羽詰まったような顔でこちらに鋭く強い声を向けてくる。

 早くと言われても。

 言われるまま分からぬまま、竿を振り上げる。釣り上げた獲物が、宙に舞う。先ほどの魚と同じ種類のようだ。なんとか手繰り寄せる。

「貸してみろ」

 その糸を横から掴むミカヅキ。奪い取るように魚を外し、同じくバケツへと放る。魚は、元気よく体を捻らせながら、お仲間の待つ狭い世界へと踊り込む。

 それを見届けることもなく、何事もなかったかのようにミカヅキは自分の竿へと戻っていった。

 また無言へと戻る。

 遠目に、彼の筋の通った背中を見つめる。微動だにしないその背中は、次の獲物を追っているようだ。

 俺にストイックと言ったが、他人に言えないのでは?

 タクトもまた、次の魚を狙い、竿を手に取った。

 川面を、何千もの木の葉が流れていった。


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