1.両雄の再会編 17話
翌朝、宿舎にて。
レティシアの先導で、タクトとジクードは廊下を歩いていた。
案内されたのは、食堂隣にある、会議室。8人がけの大きな長方形テーブルとそれを取り囲む椅子、壁沿いに書籍が収められた背丈ほどの棚があるだけの、埃の匂いが漂う質素な空間。
決して狭くはない部屋だが、心なしか狭く感じる。少し見回し、窓が少ないからだと気づく。天井近くの高い位置に、ぽつんと小さなガラス窓が添えられているだけだ。この無機質で事務的な雰囲気が、タクトには新鮮だった。
ここに入るのは初めてだ。隣のジクードも、興味深そうに部屋の中をキョロキョロと見回している。
会議室には、既にクローゼと他の隊員2人が集まっていた。
「案内感謝する。捕虜の件は、副団長が見てくれている」
入室したこちらを見るなり、クローゼが口を開く。
捕虜とは、先の戦いで武器調達のついでに制圧した、イルカイザの女戦士だろう。今まで姿は見えなかったが、秘密裏に管理していたようだ。
レティシアは軽くお辞儀をする。
「お手を煩わせ、申し訳ございません。ありがたい限りです」
格式張った、やり取り。ははあ、軍隊だな。
そのやり取りを終えたクローゼが、2人に視線を戻す。そして、隊員たちに顔を向けた。
「今回のミーティングだが、まずは新隊員の紹介からだ。改めてだが、彼らが隊に加入することになった、タクトとジクードだ」
一応、先ほどのレティシアに倣って浅くお辞儀をする。隣のジクードは、軽く片手を上げ、手を振っていた。
「顔は合わせたことがあるだろうが、隊員たちを紹介する。まずは私、クローゼだ。この隊の隊長を任されている。基本的には私が行動指示を出すため、留意すること」
固い挨拶だ。要するに指示に従え、勝手な真似はするなということか。
続いて、レティシアが口を開く。
「レティシアです。副隊長をしています。分からないことがあれば、何でも聞いてください」
彼女が話している間、隣のジクードは首をブンブンと縦に振り続けていた。痛くないのだろうか。
「じゃあ、次は俺か」
黒ヒゲを長く蓄えた、低身長で筋肉質な男が椅子から立ち上がる。
「俺はシルバだ。王国軍に入って、7年ほどになるかな。隊長や副隊長ちゃんよりも年上の、おっさんだ。頼りになるかは分からんが、困ったら手を貸すぜ」
しわがれた声と相まって、町の陽気なおじさん、といった風貌だ。その鍛えられた筋骨隆々な体は、剣よりも槌の方が似合いそうだ。
「最後はオレだね」
鼻にかかった、低く粘りつくような声。
長身で細身、短いおかっぱ頭の男が席を立つ。
「オレの名前はネクタール。シルバより1歳下だから、オレはおっさんじゃない。趣味は料理だ、たまに美味いもん食わせてやるから、リクエストしてくれよな」
白い歯を輝かせ、親指を立てる。隣のジクードは「おー」と声を漏らしながら、小さく親指を立て返している。タクトは一応、お辞儀で返した。
「以上がこれから君たちが所属するクローゼ隊のメンバーだ。次にだが――」
そう言って次の議題に進もうとするクローゼの言葉が、とある発言に遮られる。
「隊って意外と少ねえんだな。俺とタクトがいなきゃ、隊員3人だったわけだ」
しん、と空気が静まった。
タクトは横目で、ジクードを見る。何の悪気もない顔だ。ただただ単純に疑問を投げかけた、そんな顔。彼の悪いところだ。
レティシアは浮かない顔で俯き、シルバは目をギョロつかせる。ネクタールは苦笑いを張り付ける。
そしてクローゼは、表情を崩さなかった。ただ、片目が瞬きのように、僅かに動いた。色を感じないその仮面の下にある感情は、読み取れなかった。
クローゼは、ジクードの目も見ずに、重い口を開ける。
「……最近2人死んだのだ」
重い空気のままミーティングは終わり、タクトはリリアックの町にいた。
今日の任務は、町の復興状況の確認兼、見回り警備と説明された。渡された町の地図を見る。範囲をインクの線で囲ってある。この中の建物を確認しろということだった。
突然だけど、人手が足りなくて。ごめんなさいね。とレティシアが柔らかな笑顔を浮かべながらこの地図を渡してくれた。本来は新人1人には任せないとのことだったが、事情が変わったらしい。
たしかに、ミーティングのあと、「ジクード、話がある」と、クローゼが彼を連れて行ったのを覚えている。
改めて地図を確認し、歩き始める。リリアックは大きな街ではない。ここに来てから、粗方地理は頭に入っている。しかしなかなかの広範囲だ。今、実働できるのが4人のはずだから、そのせいだろう。
そういえば、この範囲。あまりよく確認していなかったが、たしかこの辺にはあの教会が……。
「あっ」
聞き覚えのある、女性の声だ。地図を下ろし、顔を上げる。
教会の花壇に、どっしりとした銅製ジョウロで水をやる、華奢な修道女。顔だけこちらに向いている。困惑したような、緊張したような面持ちだ。
こちらを認識している。間違いない、またあの修道女だ。
彼女は傾けていたジョウロを水平にし、路面に静かに置いた。
気づかないふりして立ち去ろうとしたが、もう遅いだろう。諦めて、手に持っていた地図を折りたたみ、ポケットに押し込んだ。
ぺこりと修道女が会釈をする。一応タクトも、お辞儀で返した。
しばしの沈黙。
顔だけ知っている人間に会ったとき、なんと切り出せばいいのか分からない。それは相手も同じなのだろうか、この無言の間があるということは。
仕事の一環として教会を見る。壁が焦げている部分も見受けられるが、概ね破損はないようだ。あの戦闘の真っ只中を無事に乗り越えられたのは、神のご加護というやつなのだろうか。
痺れを切らしたように、修道女が先に口を開く。
「この間は、ありがとうございました」
深く、お辞儀をする彼女。お礼をされた。はて、何をしたのだったか。
追想した彼は思い出す。最後に顔を合わせたのは、リリアックにイルカイザの連中が攻め込んできたあの戦火だった。あのあと色々と転機があって忘れていた。
「いや、怪我もないようで何よりだ」
見たところ、無事なようだ。あの戦火の中を無防備に逃げ切ったのには感服する。
「ええ、おかげさまで」
照れ笑いだろうか、とりあえず、礼を伝えることだけを決めていたのだろうか。
また沈黙。
任務中の身だ。遅くなりすぎるのも、バツが悪いな。
それでは、とタクトが言いかけたところで、彼女が口を開いた。
「私、ステラといいます。教会で修道女をしています」
自己紹介されてしまった。そういえば名前を知らなかったんだな。知る気もなかったのだが。
とはいえ、礼儀としては自分も同じく返す必要がある。
「タクト。今は……昨日から王国軍に入った」
その言葉に、ステラの顔色が変わった。
「軍に……?」
しまった。成り行きとはいえ、戦いを否定する彼女に、軍所属などと言っては、殊更なんと罵られるかわからない。
だが、言ってしまった言葉は、帰っては来ない。タクトは仕方なく、次の言葉を待った。
「タクトさん、とおっしゃいましたね」
絞り出された声。無言で肯定する。
「あなたはあの時、私を救ってくれました。たしかにそのことには感謝しています。でも、自分から戦いに身を投じるなんて、そんな危険なこと……!」
手が震えている。ようやくつなぎ合わせたような言葉だ。タクトは深く息を吐く。
「そうだ、ステラ。俺がいなければ、君は死んでいた。間違いなく」
ハッとして顔を上げるステラ。その目が薄赤く淀んでいる。
「ではなぜ、リリアックは襲われたのですか……!神父様に聞きました、ここは平和な町だったと。統一戦争以来、争いには無縁だったと!それが、王国軍がここに駐在し始めてから間もなくのことです!」
ステラの声が少しずつ大きくなる。
そんなことは分からない。敵の事情もある。だが、確かに、岩男と戦った拠点を制圧したことは関係あるのかもしれない。しかし、イルカイザが近隣に拠点を構えていた以上、遅かれ早かれだ。
「俺に聞かれても困る。なにせ新人隊員だからな」
どこまでも冷静に話すタクトに対し、彼女は声を荒らげた。
「この戦火は、あなたたち王国軍が引き起こしたものではないのですか!!」
耳が痛い。通りがかりの町人たちが、何事かとこちらの様子を伺っているのがわかる。これでは、俺が悪者ではないか。
ステラは大粒の涙を零しながら、こちらを睨んでいる。肩で息をしている。とりつく島はなさそうだ。
どうする、入隊間もなくしてこんなに注目を集めて。俺は安定した職に有りつけたはずだぞ?懲戒は御免だ。
如何にして切り抜けようかと思案していると、ステラの背後、教会の扉が慌ただしく、音を立てて開いた。中から、修道女2人と神父らしき男が出てきた。
こちらの様子を見て、彼らが駆けつけてくる。
修道女たちは、ステラの涙を拭き、肩を貸す。そのまま2人に連れられ、彼女は教会の中へと戻っていった。神父は、その様子を見送ったあと、顔をこちらへ向けた。
何を言われるのだろう、と黙っていると、神父は頭を下げた。
「うちのものがご迷惑をおかけしたようで、申し訳ございません」
深々と謝られた。久しぶりに良心に触れた気がした。危うく入信しそうだ。
「いや、問題ない。……彼女は一体」
こんなにも謝ってくるのだ、何か彼女の事情を知っているに違いない。
神父は、深く垂れていた頭を上げた。
「あの子は、戦争で両親を失いました。別の町に引き取られていたようですが、そこも戦後の動乱に巻き込まれてしまい」
そうか、彼女は戦争孤児だったのか。
「最近、こちらの教会に移ってきました。争いに巻き込まれ、ひどく憎んでいます。……これだけは言わせてください。あの子は何も悪くないのです。普段は敬虔で、清廉な子なのです。どうか、許していただきたい」
再度深く腰を曲げる神父。
許すも何も、タクトは怒ってはいなかった。ただ、周囲の目を集めて困っただけなのだ。今も、神父に謝罪させる無法軍人と勘違いされそうで居た堪れない。
「本当に問題ないんだ、顔を上げてくれ」
そう言って、なんとか神父を説得する。
修道女ステラが、自身と似た境遇だった。それなのに、戦争に対する向き合い方に軋轢があった。どちらが正常な反応なのだろうか。
タクトは、自身の腰に携えた剣を見つめる。傍らには、ステラが置き去った銅のジョウロが、所在なさげに佇んでいた。




