1.両雄の再会編 16話
入隊するにあたって、諸々説明があるとのことで、呼び出された。
リリアックの王国軍宿舎。その中の、食堂と呼ばれる部屋に、タクトとジクードは着席していた。
「こんな感じで就職したことねえから、ドキドキするよな」
満面の笑みのジクード。
「自警団のときは、お前のせいで痛い目にあった」
あの就職面接を思い出し、冷静に答えるタクト。所長のすまし顔を、いつかひん剝いてやろうと考えていたのだが、ついぞその夢は泡沫となった。
「いや、あんときは、ほんとごめん」
笑顔をこわばらせ、こちらを見もせずに謝られた。
硬い足音が聞こえてた。そちらを見る。
ミカヅキ副団長が、束ねられた長髪を引っさげて、食堂へと入ってきた。片手には、布袋を抱えている。
「二人ともいるな」
歩きながら声をかけるミカヅキ。頷く2人。
テーブルに布袋を置くと、ミカヅキも席に着いた。
「聞いているとは思うが、説明しなければならないことがいくつかある。本来はエルシア城にて団長が行うのだが、今回はここで、私が説明する」
所属する隊も決まっているのだ、わざわざ王都まで向かう必要もないということだろう。
ミカヅキは、テーブルに置いていた布袋を開き、両手を突っ込む。目的のものを掴んだのか、力みながら引っ張っている。
「とりあえずだが、これが規則だ」
机が軋むような音とともに、1冊の分厚い本が2人の前に置かれる。赤茶けた革の表紙に、『アステリア王国軍隊規定』と書かれている。
「各個人に配られるものではない。この宿舎に常備されているものだから、各々確認しておくよう」
それをタクトは目を見張りまじまじと見つめ、ジクードは目を飛び出させる。
二人の様子を見て、ミカヅキは考え直してくれたようだ。
「……そうなるよな、わかる。概要を簡単に説明しておく。我々王国軍は、王都を基点とする、治安維持組織だ。先の戦争で樹立した政府の運営する王国の治安と、民衆の安全の責務を守るのが役目だ。軍には階級があり、直接的な戦闘の指揮をするシヴァン団長、それを補佐する副団長、私、ミカヅキだな。その下にクローゼら、12の隊長たちとその隊がある。そして、そのすべての頂点にいるのが総司令の……寝るなジクード」
ジクードはビクッとして顔を上げた。
宿舎の廊下を、木刀片手に意気揚々と歩くロンと、その後ろに続く、無表情なクローゼ。
クローゼは、以前の安易な発言を後悔していた。
自分も修行に付き合わせるというロンに対し、軍所属でない者には師事できないと答えた。確かにそう答えた。あれは社交辞令としての、明確な断りのつもりだったのだ。だがまさか軍に復帰するとは思わなかった。
軍に戻ったから問題ねえよな?という、ロンの凄みのこもった顔を思い出す。断りの理由を一意に定めてしまったために、付け入る隙を与えてしまった。それはクローゼにとって不覚であった。
先の戦闘に因み、報告を上げなければならないものがいくつもある。詳細な町や人の被害状況、敵の勢力分析。
あとはタクトが制圧した、捕虜のこともある。なかなか口を割らない。主にレティシアに任せているが、そろそろ私も身を乗り出さなければならないのに。
要するに、ロンに稽古をつけてもらっている余裕は、今はないのだった。
訓練所に着くと、木刀を打ち合う音が聞こえてきた。どうやら先客がいるようだ。
見ると、ミカヅキ副団長に見守られながら、得物を振り合う、新隊員2名の姿があった。
「お、やってんな」
穏やかな笑顔で、ロンも彼らを見ていた。その顔のまま、こちらへ視線を向ける。
「よし、やるか」
木刀を軽々と振りながら、奥へと歩くロン。
ここまで来てしまった。
特別補佐という役職は、クローゼにとって直接的に上官には当たらないものの、元団長という地位が、彼に従わざるを得ない状況を作り出していた。
「よろしくお願いします」
覚悟を決め、木刀を構えるクローゼ。
お互いに構えたまま、しばらくの沈黙。互いに一歩も動かない時間が訪れる。
一見ラフに構えているようなロンだったが、クローゼの目には、まるで隙が見えなかった。ただ、片手で木刀を前に向けているだけ。それなのに切り込む算段が見つからないのは、彼の纏う圧倒的な風格が原因なのか、はたまた本当に隙がないのか。
しばらく様子見していたロンだったが、動いた。
鋭い斬撃が、突っ込んでくる。
「!」
なんとか反射的に防御する。速い。噂に違わぬ動きだ。木刀を持つ手がしびれる。だが、それでは終わらなかった。
息つく暇もない2撃目。何とか受ける。しかし一瞬で続く3撃目。まるで獲物を食らう龍のように変幻自在な剣戟が、こちらの晒した意識の空白を突いてくる。
絶え間ない連撃に、必死で食らいつくクローゼ。模擬戦のはずなのに、死線を掻い潜っているかのような錯覚に陥る。
だが、ロンにとっては小手調べだったのだろう。依然として攻めに出ないクローゼに、口元を緩ませる。
「随分と守りに入るんだな」
現役時代は知らないが、ロンは「龍剣」の異名で名を馳せる伝説の男だと聞く。それに、先ほどの動き。前線を退いた剣士の動きではない。
そんな相手にどう攻めろと言うんだ、と思うクローゼ。
「ジクードなんか見てみろ、いつでも攻撃のことばかり考えてる」
ロンが笑いながら言う。
その言葉に、クローゼは少し離れたところで模擬戦を行うタクトとジクードを見る。
「隙ありだあ!」
叫びながら、ジクードが木刀を頂点まで振り上げる。相対するタクトを見るに、有効な攻撃ではなさそうだが。そして、真っすぐに振り下ろされる。
やはりその単調な攻撃は、タクトには届かなかった。身を躱し、その動きでジクードの真横に位置取る。
余裕をもった軽い振りが、ジクードの頭を小突く。
「あり?」
頭を擦るジクード。彼に後ろを向いて素振りし、木刀の振り心地を確かめるタクト。それを無表情に見つめるミカヅキ。
「あれは攻め過ぎです」クローゼは返す。
「だが、あれくらいでいいんだよ、若いんだから」
ロンは木刀を片手に、おおらかに話す。
「お前もタクトも若いのに達観しすぎだ。足元掬われるぞ?」
そんなこと、と言いかけたクローゼの腹に、ロンの木刀突きがクリーンヒットする。
「ゴフッ」
痛みに声を吐くクローゼ。
「隙ありだ」
ロンは笑いながら、腹に突きつけた木刀をグリグリと回した。
模擬戦を終えたタクトは、修行を受けるクローゼを横目に、倉庫へ木刀を片付けに向かっていた。
歩きながら、思案する。
先ほどのロンの動きを、タクトは見ていた。自分たちが修行を受けていたときには見せなかった、彼の膨大な力の片鱗。ロンのことだ、相手を見て修行のレベルを合わせているに違いない。自分とクローゼに隔絶された実力差があると、突きつけられているかのようだった。
倉庫に入り、木刀を納めようとする。その手が、止まった。
ヴァースを仕留められなかった自分の弱さ、まだまだ超えるべき壁がある現状。途方もない高みの、その足がかりにもたどり着けていない自分に、むず痒さを覚えた。
深くため息をつく。なぜこんな思いをしているのか。
「どうした、タクト」
背後から、ミカヅキの声が聞こえた。大方、様子を見に来たのだろう。
「いや、なんでもない」
振り返りもせずに、木刀を籠に差し込む。
「超えるべき壁が見えているうちは、まだ楽だぞ」
ミカヅキの言葉にハッとし、振り返る。
相変わらず彼は無表情だった。だが、心なしか穏やかな無表情に見える。
先ほどの彼の言葉を反芻しながら、その意味を噛み砕く。
「……そういうものなのか」
納得し俯く。ロンから言われた甘さを、またもや指摘されているかのようだった。
「焦るな、君は多くの可能性に満ちている」
「可能性……?」
少しの間をおいて、ミカヅキは目線を僅かにそらした。
「君に忠告すべきことがあった」
忠告?何のことだろうか。
彼の次の言葉を待つ。
やがて、口を開いた。
「その魔力、軍の皆の前では決して使うな」
ミカヅキの真っ直ぐな言葉。
タクトの背筋に、電撃が走った。あの時、見られていたのか?
気を取り直したように振り返り、ミカヅキは背中を見せた。
「わかったら行こう。ジクードが首を長くしている」
倉庫を後にし、歩き出すミカヅキ。
そんな彼の背中を、呆然と見送った。




