1.両雄の再会編 14話
タクトの強奪した剣と、鉄男の生成した鉄剣がぶつかり合う。激しく火花を散らす衝突。焦げた鉄のようなにおいが、鼻をつく。鉄男からは、絶えず高周波音が鳴り続けている。
鍔迫り合いをしていた鉄剣が、形を変える。剣先がぐにゃりと曲がり、意志を持ったようにタクトの剣を回り込んでくる。
なんでもありかよ。タクトは剣を振り、その勢いを使って横跳び、躱す。
鉄剣は、鞭のようにしなる性質を持っている。変幻自在な動きをするその剣に、タクトは苦戦を強いられていた。
なんとか距離は取れた。だが、あの魔力相手では、間合いがどれほどなのか分かったものではない。何か手はないものかと、考える。
「芯のない動きだ」
無表情に鉄男が言葉を放つ。顔の割におしゃべりだな。
時間を稼げば、王国軍が集まってくるかもしれない。そこまで持ち込めば勝機が見える。あまり借りはつくりたくないが、あのクローゼは出来るやつだ。この状況では頼るほかない。
「貴様の剣ほどではないさ。恥ずかしくないのか」
返された言葉にも無表情。
「たしかに曲がっているが、そこには貫かれた芯がある。貴様を殺すという芯が」
うねうねと、絶えず変化を続ける鉄剣。なるほど、一理ある。
時間稼ぎにしても、どうする。タクトは思案する。
何も答えないタクトに向けて、鉄男は続ける。
「貴様には、目的が見えないのだ。なぜここにいる。なぜ剣を持つ。何のために、それを振るう」
何のために?そんなことは決まっている。
タクトはあたりを確認する。王国軍兵士はいない。建物を挟んだ向こうから戦闘音が聞こえる。恐らく到着までは時間がかかるだろう。ならば。
「決まっている、生きるためだ!」
胸元から甲高い高周波音を立てる。タクトの左手に、風が収縮していく。強風が、あたりを包み込む。ただの空気圧縮では足りない。あの鉄壁の魔力を打ち砕くには、限界を超える必要がある。
強風に包まれながら、鉄男は顔をしかめた。やっと表情を崩したな。
左手に空気圧縮を続けながら、剣を右手にタクトは駆けだす。
突然迫ってくるタクトに気圧され、鉄男は反応が遅れたようだ。やつは目の前だ。タクトは右手の剣を振るう。
激しい金属音。再び、剣同士がぶつかり合う。
左手を中心に、竜巻のような轟音が耳を襲う。激しい風の奔流に晒され、においすら感じない。
勢いを殺さぬよう、剣を振り続ける。敵は、左手の圧縮し続ける空気弾を意識せざるを得ないはずだ。これを維持しながら攻める。
鉄男の言った、芯がないという言葉。それは恐らく、敵を観察しながら後手に回る戦い方を指しているのだろう。タクトにとって、まず敵を知ることは大きな生存戦略の一つであった。自らの力を過信せず、地道に隙をつく。それこそが今まで生き残ってきたタクトの強みだった。
だが、それが通用しない場面が、次々と現れた。自身の想像の上をいく相手を前に、ロンに言われた『考えの甘さ』を痛感することとなったのだ。
だからこそ、自分が想像を超えていかなければならない。後手ではなく、先手をとることによって。
「気でも触れたか!」
風切り音に紛れて、鉄男の声が聞こえる。嬉しいよ、その声が聞きたかったんだ俺は。
防御に回っている鉄男は、鉄魔力の鉄壁さを盾に、タクトの剣戟を耐えしのいでいる。
ダメ押しだ、隙を作る。
右腕を後ろに引く。剣先を敵へと向ける。
「そこだ!」
突き攻撃。修行中にも試した。ロンには通じなかったが、この敵、この場面なら。
動きの変化を察知した鉄男は、その突きを受け流そうと、鉄剣の構えを変える。
防御に寄って横向きだった鉄剣が、縦向きに変わる。
敵の右わき腹の防御が空いた。狙いはそこだ。
左手に溜め込んだ高圧縮の空気弾。これは敵の意識を分散させるためのブラフではない。
至近距離で、解き放つ。
うなりを上げながら、吸い込まれるように鉄男のわき腹へと突き刺さる。
「ぐうっ!?」
想定外だったようだ。まともに食らった鉄男は、声を上げて吹き飛ぶ。砂煙と乾いた摩擦音を立てながら背中で路面を滑る。
タクトの胸元の高周波音も、鳴りやんだ。
息を切らしながら、左手を見る。これまでにない魔力を充填したためか、小刻みに震えている。
これは何度も使えないな。胸も熱い。
左手を大きく振り、力を入れなおす。吹き飛んでいった鉄男へと、意識を戻す。
依然として倒れている。あれだけの威力を叩き込んだのだ、そうでなくては困る。
そう思っていたタクトに、困ったことが起こる。
「恐れ入った。謝罪する」
冷徹な声とゆっくりと立ち上がる人影。
その光景に、タクトは目を見張る。嘘だろ?
立ちはだかる鉄男。擦り傷程度はあるが、明らかに重傷を負っている様子はない。
嘘だろ?あれを受けたんだぞ?
触れる直前に、魔力で防御したのか、と考えた。いや、そんな手応えではなかった。現に、やつの鉄剣は形状を保っているし、なにか防壁を張った形跡もない。
やつは生身でタクトの最高火力を受け止め、平然と立ち上がったのだ。その事実が、タクトに絶望感を与える。せめて、防御していてほしかった。
無表情なまま、鉄男は続ける。
「貴様のことを舐めていた」
左手で流体金属が発生し暴れる。そして新たな鉄剣となった。両手に、魔力生成した鉄剣を構える鉄男。
どうやらここからは本気ということらしい。光栄と言いたいところだが、困ったことになった。
いや、覚悟を決めなければならない。
剣を構える。散々斬り叩いた剣だ、これもいつまで持つかわからない。それでも、今はこれに頼るしかない。
無表情な鉄男の口が、緩んだ。タクトの覚悟を見て、笑ったように見える。余裕そうだな。やはり腹が立ってきた。
次の瞬間、その口から鮮血が流れた。
「!」
鉄男は腕で口を拭い、赤く染まったそれを確認する。
タクトの口元も緩んだ。
「ばっちり効いていたんだな。やせ我慢か?」
やはり表情を変えずに、こちらを見据える鉄男。
「この程度、大したことはない。次は殺す」
両手に剣を持ちながら、こちらへ向かってくる。大したことないのは本当らしい。先ほどよりも身のこなしが早い。
来る。考えている暇はない。攻撃をまずは、防御する。それだけを考える。
迎え撃とうと、身構えたときだった。
ぴたりと、鉄男の動きが止まった。顔が横方向へと向く。
突然の静止に戸惑うが、タクトもその行動につられ、視線を動かす。
こちらへと歩み寄る人物が目に映る。後ろで束ねられた長い黒髪が、風にたなびいている。初めは女性かと思った。だが、顔つきは確かに男のそれだ。その長身を、紺色の軍装で包んでいる。どうやら、王国軍の人間のようだ。
その男は立ち止まると、タクトを一瞥した。そして、鉄男へと顔を向ける。
静かに口を開いた。
「イルカイザのヴァースか。以前部下が世話になったようだな」
「すまないが、記憶にない。有象無象に興味はない」
やはり鉄男は、無表情を崩さない。
「そうか」
長髪の男は、透き通った音を立て、剣を抜く。ガラスが共鳴したかのような、静かな金属音。タクトはそれだけで、この長髪の男が自分とは次元の違う強さを誇っていると、確信した。
静かに剣を向ける男。
「それでは、かたき討ちとさせてもらう」
長くしなやかな刀身が、細かく振動を始める。剣に風が集まっていくようだ。左手は指を開き、空気を操っているように動く。
あれは、風魔力?
次の刹那、長髪の男の姿が消えた。そこから吹く強風だけが、彼がそこに存在したことを証明していた。
どこに。と顔を動かしたときだった。
「うっ」
短く唸る低い声。鉄男ヴァースの声だ。そちらを見る。
まず目に入ったのは、流れ落ちる赤い水。違和感を覚え彼の足元を見ると、左腕らしきものが、落ちていた。その横には、タクトを苦しめた鉄剣が、真っ二つになって転がっている。
ヴァースの左腕があった場所から血液が流出しているのだ。
「はやい」
思わず声が漏れていた。何が起こったのかすら、わからなかった。
ヴァースは痛みに悶えている。思いついたように、こちらを見た。
「死ね!!」
叫び声とともに、右腕の鉄剣を歪ませ、放つ。
それは空中で散開し、無数の鉄槍となった。決死の一撃が、タクトへと向かってくる。
「くっ」
油断していた、避けきれない。タクトは剣を構える。
その時、目の前まで迫っていた槍の雨を、一薙ぎの風が通り抜ける。
鉄の槍は、勢いを失って地へ落ちた。重たい音が無数に鳴っては止む。
タクトは転がる鉄槍たちを見つめる。
遅れて、その風が長髪の男によるものだと理解した。
ヴァースのほうへ視線を戻すと、血だまりだけが残っていた。どうやら逃げおおせたらしい。
俺を守ったばかりに、撤退を許してしまったのだ。
「君、無事か」
気が付くと、音もなく長髪の男が近くにいた。いつの間に?
「あ、ああ。すまない、助かった」
タクトなりに感謝を述べる。
その言葉に、男は小さく笑みを浮かべる。
「私はミカヅキ。一応、王国軍副団長をやっている。君が、タクトだな」
「ミカヅキ……副団長」
洗練された風魔力と、認識できないほどの速度。あの鉄剣を斬り裂くほどの、同じ風魔力とは思えないほどの威力。彼が王国軍副団長であることの裏付けでもあった。
その強さを目の当たりにし、タクトは目指すべき姿を見つけた。




