1.両雄の再会編 11話
ジクードは、戦場となったリリアックを走っていた。
逃げ惑う人々の奔流を避けつつ、戦闘音の聞こえる、メインストリートへと急ぐ。
このリリアックの町は、かつてのイルカイザから逃げだした自分が流れ着き、拾ってくれた町だ。ジクードにとってはここが故郷であり、それを乱すものは許せない。
走っていると、見慣れた自警団員たちが、襲撃者たちを相手に懸命に戦っている姿が見えた。ジクードは手に雷魔力を充填する。
「その人たちに触れんじゃねえよ!」
雄たけびとともに、放たれる電撃。それは襲撃者の一人を焼いた。
自警団員の男が、振り返る。
「ジクード!来てくれたのか!」
ロンとの任務により、ジクードたちは自警団の活動を休止している。貴重な戦力として活動していた彼が現れるのを、自警団の皆が待ち望んでいたのだ。
「当たり前だ!敵はなんだ、イルカイザか!?」
自警団の男と並び、ジクードは問いかける。
「恐らくそうだ。やつら、町を潰す気だ。何人も魔導士を投入して来やがっている」
その言葉に、ジクードは眉をひそめた。彼の脳裏には、先日の、イルカイザ拠点制圧任務が思い出された。その日、クローゼ隊の介入により拠点は制圧された。もしかしてこいつら、復讐で町を襲っているのではないか?となればこの戦火は、俺たちのせい……?
彼は頭を振り、その考えを振り払った。
今は考えるよりも、一人でも多くの町民を助けなければ。
襲い来る下位悪魔たち。ジクードは剣を握る。
自分に剣が向いていないのは、この1週間でいやでも感じていたことだ。だが、それでもロンは自分に剣を振らせ続けた。その真意はわからない。でも。
「やりきってやるよ!」
ジクードは剣を手に、近接戦闘に挑む。敵へと距離を詰め、振るう。
それは敵の刃によって防がれる。両手で剣を握り、懸命に力を込める敵。
甘かったか。でも、今のでわかった。今のタクトほどの実力はこいつにはない。恐らく魔力頼り、剣は飾りだ。あの時の自分がそうだったように。それならば。
ジクードは剣を振り続ける。敵は防御に精一杯で、なすすべがなさそうだ。
押し切れる。
確信があった。ジクードは握る手に力を込める。
「しめえだ!」
横方向に振り切られた剣。それが敵の腹部を捉えた。肉を断つ重たい感触が手に残る。血を流し倒れる。
ジクードは息を切らして、汗を拭った。
「すまねえな」
血に染まった剣を見る。こうなることは覚悟はしていた。でも、守るべきものがある。
まだ自警団の皆は、戦っている。加勢せねば。
そう思った矢先、甲高い声が飛んできた。
「やっと見つけたわ!」
なんだ?と思ったのも束の間、背後に気配を感じるとともに、防御態勢をとる。
金属のぶつかり合う音が響き渡る。一歩遅ければ死んでいた。できるやつか。
長い金髪の女が、刀身の細い剣で斬りかかっていた。ジクードは力いっぱいに薙ぎ払い、強引に距離をとる。
着地した女の姿を見て、ジクードは思わず眉をひそめた。
その姿は、泥と血にまみれた戦場には、あまりに似つかわしくないものだった。
足元を覆い隠すほどに膨らんだ、何層にも重なるフリルのスカート。対照的に、その細身の体を締め上げるかのようにタイトなビスチェ。 さながら、舞踏会から抜け出してきた貴族の令嬢だ。 しかしながらその華やかな様相を汚すように、鮮血による光沢が浮かんで見える。
「……なんちゅう格好してやがる」
ジクードの悪態も聞こえていないのか、女はスカートの裾を優雅に摘んで、にやりと笑った。
不気味な女だ。その異質な様子が、ジクードに緊張の糸を張らせる。
不用意に近づくのも危険と判断し、左手に電撃を充填する。
「間違いありませんわ。わたくし……」
何か言いかけているが、関係ねえ。
得体の知れないやつだ、最高火力を叩き込む。有無を言わさぬ勢いで、溜め込んだ紫電を、敵へと放つ。それは身の丈ほどの大きさで、襲い掛かる。
「雷!!!?」
その攻撃を見て、目を見張らせる敵。そのまま、雷は敵を包み込む。
これだけの威力だ、ただでは済んでいないだろう。ジクードは、砂煙の立つ着弾点を見つめる。そこから聞こえてきたのは、高周波音だった。
この音、まさか。
煙が晴れる。その中から、人影が現れる。
姿勢を低く構えた彼女を守るように、光の防御壁が発生している。透き通るほど薄く見える。あれで俺の攻撃を防いだっていうのか?
ジクードが訝しんでいると、彼女は曲げていた膝を伸ばし、立ち上がる。スカートの裾についた砂を手で振り落とす。あたりには爆音が響く戦場の中で、それを気にも留めないような大胆さ。いや、これは大胆さなのか?もっと異常なものを感じる。
「……いきなり攻撃なんて、すごくいいわ。ドラマティックね」
彼女の瞳には、深い影が見える。底なしの穴のような深く灰色の目だ。
「なんだよ気持ち悪いな」
さっきからなにを言っているんだコイツは。
「それにしても、雷ですのね」
困ったように顎先に細い指を当て、何かを考えているような仕草。
対策でも考えているのだろうか。それならば、考える隙を与えない。
間髪入れず、雷魔力を放出する。
耳鳴りのような音とともに、彼女の周りに先ほどの光の板が無数に発生し、それを弾く。
厄介な魔力だ。光魔力か?初めて見た。出が早いし、なによりその光には、神聖さや温かさが欠片もない。 まるで氷かガラスのように冷たく、無機質な光。光だというのに、どこかおぞましさを感じる。それは魔力自体から感じるのか、彼女自身がそうなのか、わからなかった。
「くそ、なんだこいつ」
ジクードは舌打ちする。まるで攻撃が通じない。魔力出力には、それなりに自信があった。だが、それをこうまで無力化されるとは。剣を握りしめる。
あの女の剣は、レイピアだ。刺突を得意とするのか、それとも重さを削るためにそうしているのか、どちらかだろう。重量的に競り勝つのはこちらのはずだ。それなら近接に挑まぬ手はない。
「いくぞ!」
勇気を込め、剣を握る。そして、敵へと突進する。
その様子を、敵は目を開き、顔をこわばらせ見つめていた。
「そちらから来て下さるなんて!」
それは狂喜を表す声だった。怖いほどの笑みが浮かんでいる。
反応する必要などない。ジクードは距離を詰める。
敵は構えようともしない。手に魔力を込めている様子もない。魔力頼りで距離を詰められてなすすべがないのか。
このまま押し込める。ジクードはそう確信した。
いや?ジクードの脳裏に、見落としていた点があった。
敵の初撃、あれは接近してレイピアによる斬撃だった。それならばなぜいま、なんの構えもないのか。
「うれしいですわ!!」
その声と同時に、ジクードの背中が熱を帯びる。皮膚が焼けるように痛い。
「なんだ!?」
痛みに悶えつつ、体をひねらせる。視界に、背後から放たれていた光の筋が映る。なんで後ろから……?疑問を抱えつつ、ジクードは倒れこむ。
敵が展開していた光の防御壁。それがジクードの背後にあったのだ。そこから放たれた光線が、ジクードを襲っていた。
「そんなやり方もあんのか……」
痛みを堪えつつ、立ち上がる。
その様子を、女は満足そうに見つめている。その笑みは余裕なのか、なんなのか。
「あなた、名前はなんとおっしゃるの?」
突然の質問だった。困惑するジクード。
「んなもん教えっかよ!」
ただでさえ背中も痛いのに、調子を狂わせてくる。ジクードの心には、怒りの炎さえ宿っていた。
敵の女は、ひらめいたようにポンっと手を叩く。
「あ、先に名乗るのが礼儀よね。私はアイリス、今後ともよろしくお見知りおきを」
優雅にドレスの裾を摘み、膝を折った。 戦場には似つかわしくない、完璧なカーテシーだ。
敵はアイリスと名乗った。知りたくもなかったが、自己紹介されたので知ってしまった。しかし、どうしよう。魔力戦でも劣り、近づくことも難しい。おまけに何を考えているのかわからない。この調子だと、撤退も難しいだろう。
そんなことを考えている間に、アイリスはゆったりと近づいてくる。
「それであなたのお名前は……」
「ジクードくん!」
不穏な空気を切り裂くように、一筋の光が差し込んだ。
突然の声に反応したアイリスは、すぐさま防御壁を張る。甲高い周波音が耳に障る。
ガラスが割れるような音が鳴り響く。
展開された光の板が、粉々に砕け散った。それは、素手による攻撃だった。
ジクードの近くに降り立つ、柔らかな風。女神か?
「レティシアさん!」
彼を救った女神は、レティシアだった。ジクードを守るように、アイリスの前へ立ちふさがる。
そんなレティシアを見たアイリスは、氷のように冷めた顔をした。と思えば見るからに顔を歪ませていた。細めた目で、新たに現れたレティシアを見つめる。直後、その表情を崩した。一気に反転し、満面の笑みが零れる。
「ジクードさんとおっしゃいますのね!!なんて素晴らしいお名前!!!」
「あ……」
ジクードは、呆然と声を漏らす。レティシアが駆け付けた際に、自分の名前を呼んでいた。気持ちはとてもうれしいのだが、最悪の相手に、一番知られたくない情報がバレてしまった。
「では今日のところは失礼いたしますわ。ごきげんよう」
そういいながら、アイリスは優雅に手を振る。そしてくるりと身を翻し、歩き出す。
「待ちなさい!」
レティシアが追おうとすると、敵兵が彼女を阻む。
それを殴り飛ばした時には、アイリスは消えていた。
レティシアはジクードへと振り返る。彼女の栗毛色の髪が揺れる。その姿に、彼は嬉しいやら複雑な感情を抱えていた。
「ジクードくん、大丈夫?背中、痛いよね」
心配そうに覗き込む彼女の顔をみて、奥歯をかみしめる。
これで彼女に救われるのは二度目だ。また守られてしまった。強くなろうと決めたのに、そのために努力しているはずなのに。緩んでいた手を握りしめ、剣の感触を確かめる。
「大丈夫……」
ジクードは背中を隠す。そして、目に浮かんだ涙を、強くこすった。




