1.両雄の再会編 9話
拠点建物の外では、ジクードが奮闘していた。1人は討てた。だが、2人に囲まれている。
このままじゃやべえぜ、タクトはまだかよ!と、彼は建物を見やった。白髪の男が入って行くのが見えた。なんだ?あいつどこかで……。
ジクードの思考は中断した。
「きええええ!」
氷柱を飛ばしてくるイルカイザ構成員。こいつが特に厄介だ。電撃を飛ばして相殺するが、距離を取ってきてキリがない。いっそ近づくか?
もう片方の槍使いも、骨が折れる。魔力はないようだが、腕はそれなりに立つ。2人を相手取っているときには、かなりめんどうだ。
槍を避けつつ、氷魔道士に電撃を飛ばす。拮抗しているが、このままでは魔力が底を尽きる。
そのとき、槍使いが片手を得物から離した。なんだ?と思う間に、その手が凍りつく。え、まさか。
「お前も魔道士かよ!」
意図的に隠していたのだ。両手持ちの槍は、魔道士であることを隠蔽するブラフ。先入観を利用されてしまった。動揺し、動きが鈍る。
槍使いは手から巨大な氷の結晶体を生成し、放出する。
躱せねえ……!
その時、ジクードを襲っていた氷に、亀裂が入る。そして、粉々に割れ去った。
女性だ。王国軍の制服を着た女性が、氷魔力を破壊したのだ。だが、彼女の手に武器はない。革手袋をつけているだけ。拳であれを壊したのか?
「ぐひゃあ!」
距離を取っていた氷魔道士が、断末魔を上げる。見ると、2人の王国軍兵士がやつに斬りかかり、打倒していた。
助かった、のか。ジクードはへなへなと地面に倒れ込んだ。
緊張感を解き、草原の柔らかさを背中で感じる。その視界が、影に入った。
「大丈夫?怪我はない?」
目の前に、先ほどの女性軍人が立つ。栗毛色の肩下までの髪。ハーフアップにした横髪を、後ろでラフに結んでいる。少し歳上だろうか。なんだ、眩しい。
「ありがとう!……えっと」
名前が分からない。助けてもらったのだ、とりあえずお礼は伝える。
彼女はふふっと笑い、手を差し伸べた。立ち上がる補助までしてくれるらしい。
その手を掴む。柔らかい。だけど指先が硬いものに触れる。これは、鉄板?
「レティシアよ。あなたはジクードだよね。ロンさんから聞いてる」
ジクードを立たせながら、レティシアは自己紹介をしてくれた。
彼はレティシアの手を握ったまま、呆ける。彼女の笑顔、手の柔らかさ、そのすべてが彼の心に突き刺さった。いつまでも手を握っていたので、レティシアは苦笑いをしている。あ、とジクードは手を離す。
「怪我だらけね、帰ったらまず治療ね」
ジクードの全身を見て、優しく言うレティシア。
まさか、これが恋ってやつか?ジクードは胸を高鳴らせた。
レティシアたちに連れられ、タクトたちはリリアックの町まで戻ってきた。死闘を終えた後ということもあってか、長らくぶりの帰還だと感じていたが、実際は一日も経っていなかった。クローゼは、イルカイザの拠点の時点で、何も言わず一人どこかへと去っていた。
「すまねえ、ありがとうな」
ジクードが、彼女たちに礼を伝える。レティシアたちは、クローゼを隊長とする『クローゼ隊』の隊員だという。道すがら、その情報は聞いていた。
「市民を守るのが軍人の役目だから。君たちが一般市民なのかはさておきね」
レティシアは笑顔で答える。隣にいるジクードの様子が何やらおかしい。もじもじとしている。なんだその動きは。それが視界に入っていない彼女はつづけた。
「とりあえず応急処置はしたけど、本格的な治療をしなきゃ。宿舎までいきましょう」
「ありがとうございます!!レティシアさん!!」
これでもかとジクードが礼を叫ぶ。耳が痛い。
しかし、タクトには用事があった。
「先に行っていてくれ。剣が折れた。買いなおさなければ」
念のためにと持ってきた、刃の半分が消失している剣を見せる。
あらあ、とまじまじと見るレティシア。
「でも後からでもいいんじゃない?体、傷だらけだし……」
処置は受けたと言え、たしかに体中の傷が空気にしみている。
そこへあわてんぼうが割って入ってくる。
「こいつ頑固なんで!思ったらやり遂げるタイプなんで!先に行きましょ!!」
どうやら一刻も早く、治療を受けたいらしい。頑固と言われるのは頑固と言われるのは事実無根で心外だが、今は早めに揃えておきたい。イルカイザがいつ報復に来るかもわからないからだ。
「……そういうことだ、後で向かう」
ジクード一行は宿舎へと向かい、タクトは武器屋へと足を運んだ。
武器屋へと入り、物色する。見比べてみるが、どれも実戦では役に立たなそうな質のものばかりだった。もっといいものはないのかと店主に聞くが、「ここは護身用の武器しか需要がないから」と言われてしまった。
王都に近いとはいえ野生動物以外に危険はないような平和な町だ。それはそうかと店を後にした。
宿舎へ向かいながら、考える。このまま武器もないと、心もとないな。ロンのつてで、軍の所蔵する剣でも借りられないだろうか。それか、あの魔力馬鹿はどうせ剣なんてそうそう使ってないし、譲ってくれるかも。
道すがら、遠くに教会が見えた。苦い記憶が蘇る。あの人殺し呼ばわりしてきた修道女の根城だ。どうしようか、遠回りしようか?でも今は手ぶらだし、なんの文句のつけようもないはずだ。このまま行こう。……と、足を踏み出した時だった。
「あれ、あなたは」
真横から声が聞こえる。涼やかな女性の声だ。聞き覚えがある。油断した。
そちらを見ると、例の修道女が立っていた。手籠を小脇に抱えている。中には果物などが詰まっている。買い物帰りらしい。
修道女は穏やかな顔をしていた。タクトの全身をなぞるように見るその目が、みるみる嫌悪に変わっていった。
「怪我だらけじゃないですか、何してきたんですか!」
修道女は強い声で非難する。そうか、この尋常じゃない怪我が彼女の逆鱗に触れたのか。一般市民からすると、そうだよな。
「いや、俺は……」
「治療が必要です、早くこっちに来て!」
ぐいっと手を引かれる。意外と引く力が強い。なすすべもなく、タクトは教会へと連れていかれた。
教会に入るとすぐに、聖堂が広がっていた。一般的な聖堂と比べると簡素なほうだが、それでも教えを軽んじない、荘厳な空間だ。
ずらりと二列に並んだ長椅子の一番手前に座らされる。
「少し待っていてください」
そう言うと修道女は、奥の扉を開け、入っていった。
しん、と静かな聖堂に、ひとり。
規則的に立ち並ぶ燭台には、灯がともっている。蝋が焼けるにおいが鼻をくすぐる。けっして嫌なにおいではない。この空間を荘厳たらしめるスパイスのようだった。
しばらくすると、修道女が戻ってきた。あの時のような怒りの表情ではない。
「少し痛むかもしれませんが」
修道女は、軟膏の入った小瓶を開ける。それを指で、タクトの患部に塗り始めた。
確かに傷に染み入る痛みを感じる。だが、それは完全に不快なものではなかった。
「悪いな」
処置を受けながら、短く礼を言う。修道女は顔も見ずに応答する。
「いえ。……この傷、戦ったんですよね」
どう答えようか、と迷っていると、彼女はつづけた。
「なぜあなたたちは、自分の身を危険にさらしてまで、戦うのでしょうか」
なぜ、と聞かれれば答えは一つだ。
「生活のためだ」
その言葉に彼女は顔を上げる。タクトと目が合う。
「戦わない生き方だってあるでしょう。他人を傷つけて、命を奪ってまで……」
今回他人の命を奪ったのはあのいけ好かない白髪だがな、と反論するわけにもいかなかった。少し考え、口を開く。
「これ以外何もできないからだ。これ以外に生きる方法は、俺にはない」
強制的ながらイルカイザの手先として過ごした少年時代。それはタクトの命に、戦いのための駒という意味しか与えなかった。逃亡して10年の間に、ほかの方法を模索した時もあった。だが、駄目だった。必死に追い求めた折衷案が、動物の命を奪う狩人だった。だがそれも生活の足しには難しかった。
ふと見ると、彼女は顔を引きつらせていた。それは怒りなのか、悲しみなのか。わからないが、タクトにはその顔を見続ける勇気がなかった。
目をそらし、立ち上がる。
「お陰で痛みは引いてきた、助かった」
修道女は、瓶の蓋を閉め始めた。少しの間をおいて、話す。
「いえ。お役に立てて、よかったです」
沈黙。気まずいことになった。居ても立っても居られず、タクトは聖堂の出口へと向かった。
修道女はその背中を、憂いを帯びた表情で、ただ見つめていた。
宿舎でロンが歩いていると、帰還したクローゼと廊下で鉢合わせた。
「おう、クローゼ。どうだった?」
気さくに話しかけるロン。クローゼはピシッと立ち止まる。
「イルカイザの拠点は制圧。先行していた二名も救助いたしました」
堅苦しい口調のクローゼに、ロンは心底うんざりとした表情をする。
「そりゃ見ればわかる。あの二人はどうだったんだ?」
クローゼはしばし考える。拠点内で敵にひれ伏すタクトを思い出しながら、報告する。
「到着した時にはすでに危険な状況でしたので、救助を先決いたしました。正直に言いますと、彼らは使えません。敵の脅威度は、おそらく中位悪魔程度が1人と、下位悪魔程度が3人。これを制圧できないようであれば、先はないかと」
その報告を聞いたロンは、苦笑する。
「厳しいねえクローゼ隊長は。それなら、もっとビシバシ鍛えてやんねえとな。せっかくなら隊長さんも参加するかい?」
クローゼは首を横に振る。
「申し訳ございませんが、私は軍属です。元団長とはいえ、部外者に師事することは軍紀上できません」
その部外者を兵舎に出入りさせてんのはどこの団体だよ、と突っ込みたい気持ちを抑える。
クローゼと別れたあと、治療を終えたジクード、そして遅れて到着したタクトを前にする。
「お前らコテンパンだったらしいな!じゃあ倍鍛えてやるからな!!」
敗北を喫したタクトの目には真剣さが宿り、ジクードの目も見たことのない輝きをしていた。




