合宿に行く二人
二人の間を抜け、階段を降りるゆさか副会長。
後ろ手に組み、ゆっくりと歩みを進める。
「君たちのことに気が付いたのは、私が三年生になってからだ。生徒会の副会長になったことで、いろいろ生徒情報が手に入るようになってね」
(生徒会に個人情報のぞかれるって......この学校大丈夫かよ?)
心の中で憂衣那はつっこむ。
「さっきの技はなかなか。さすがは格闘戦ではトップの成績を取っていたフォン=ヒルベルト生徒、いや中尉か」
「草野イ兎です。この世界では」
「そうか、失礼。草野生徒」
じっと二人を見つめるゆさか副会長――見た目は小柄な少女であるがオーラが違う。異様なモノクルとともに、何とも言いがたい存在感。あたりの温度が一度は下がったようだった。その雰囲気はコンラート=フュルステンベルク校長そのものであった。
士官学校時代の教官――校長でもあった。学者肌であり、提出したレポートに何度も『再提出』のハンコを押されたことを憂衣那は思い出す。
二人の卒業とともに、フュルステンベルク校長も現場復帰し最終的にはオストリーバ帝国の副参謀長という顕職につくこととなる。まったくもって雲の上の存在であった。
「で」
イ兎は恐れず問う。
「この世界はわれわれは全く別人のはず。我々に関与する必要性を感じません」
憂衣那は思わず身を乗り出す。あまりに強い語気に驚いて。
少し間をおいてゆさか副会長はうなずく。
その次の瞬間、けたたましい音が空間を切り裂いた。
二発。
気がついた瞬間、二人の少女は受け止めていた。
ゆさか副会長は手に小さな拳銃を構えていた。その銃口からゆっくりと紫煙がたなびく。
「アンティークだが、初速は速い。私の腕は知っているだろうね?少なくとも現役の軍人としては上位三%にはランキングされるだろうね。さて、君たちは銃弾をどこに受けたかな?」
イ兎。体を斜めにして銃弾を紙一重で避けた。壁に小さな弾痕ができて、ひびから細かい礫が舞い落ちる。
憂衣那。あろうことか両の掌で弾丸を受け止めた。床に丸い弾丸が落ち、コロコロと転がる。
「君たちが、ただ記憶を持ってこの世界に転生しただけなら私も干渉はしません。しかし――君たちはどうやらこの世界にも持ってきたようなのですよ――『マシーネンフュルスト』の能力を――」
スポーツ大会は終わり、終業式を迎える学校。
あれ以来、ゆさか副会長と二人は接触していない。
あきらかに、二人の様子があの時から変わっていた。
「イ兎ちゃん、どうしたの?」
「う、ううん。ちょっと調子悪くて」
イ兎はそれらしくごまかす。
「憂衣那、お前らしくないな~フリーキック外すなんて」
「おう、どんまい!」
憂衣那は助っ人に入ったサッカー部で珍しくミスをする。
それだけ二人にとって、あの言葉は衝撃的であった。
『マシーネンフュルスト』の能力――という言葉が。
「遊びに行くぞ」
夏休み初日、憂衣那がそう切り出す。
「行かないよ」
そっけないイ兎。とても憂衣那にたいしては塩々しい。
「お前なぁ......せっかく気分転換させてやろうと思っているのに......」
憂衣那は説明する。
この学校、清萩学園高校では夏季合宿が予定されていた。部活動の生徒を集めて、勉強と練習をフルに行うらしい。元女子高にしてはなかなかの脳筋である。
「わたし部活はいってないし」
「それ言ったら私もだわ」
憂衣那は特定の部活に入っていない。しかしそのスポーツ万能さから助っ人やコーチ的なことをよく頼まれていた。
「で、私が行くとなるとマネージャー的な人が必要になってな。そうしたらイ兎しかいないわけで」
普段だったら断る誘いであるが、気分的に鬱屈としていたこともある。
合宿は自然豊かな森の中で行うらしい。夜星を見ながらさぞかし読書もはかどることだろう。
イ兎はなるべくしぶしぶの態で了承する。
当日。
学校の校庭にきれいに大型バスが十台ほど並んでいた。引率する教員の姿も見える。そして、私服姿のイ兎と憂衣那も。
「う~ん、イ兎はやっぱりかわいいな」
憂衣那のふざけた言葉に肘鉄をくらわすイ兎。
その時、先頭のバスに乗り込む人影にイ兎は気づく。小柄な少女――それはゆさか副会長の姿だった。
「......そうか、生徒会の執行部も参加するのか。確かにこの行事、生徒会の主催で生徒会の予算だからな......」
なんとなく、ゆさか副会長がこちらを見て微笑んだような気もする。
大きく首を振るイ兎。余計なことを考えるべきではない。
まずは、この合宿楽しく過ごさないとと思い直した。
それぞれの思惑を胸に、大型バスは走り出す。
イ兎のとなりに当然のごとく憂衣那が席を占めながら――