騎馬戦で奮戦する二人
雲がない。夏の青空。まったくのスポーツ大会に日和である。
清萩学院高校第九十八回スポーツ大会がここに開催された。
男子が一割に対して女子が九割の清学。おしとやかな展開を期待させるが、実際は真逆である。
女子の運動部が中心なため、全体に勝敗は部のほこりにかかわる。
ガチ、本気の対戦。
駅伝ではまるで短距離走のごとく陸上部が無双し、ドッジボールではハンドボール部が敵陣に弾丸のようなシュートをうがつ。
そして今年の目玉が『騎馬戦』である。
通常、女子がする種目ではない。
しかし、今年度から、特に生徒会執行部の肝いりで創設された競技だった。
教員側もしぶしぶ了承する。
生徒会と卒業生OB会はワイヤーとも言うべき強固な関係性にあり、教員側も旧女子高時代のOBに逆らえないのである。
なにしろ、卒業生OBの面子がすごい。芸能人、スポーツ選手のみならずこの萩川市に影響力のある政治家まで輩出しているのだ。
「まったく......なんで私が......しかも憂衣那と......」
ハーフパンツの運動着姿のイ兎がそうぶつぶつと不平を漏らす。隣にいるのは当然。
「いやぁ、楽しみだなぁ。大丈夫イ兎は大船に乗った気持ちでいてくれ。絶対落とさない」
きびきびと準備体操しながら、嬉しそうにそう大きな声で叫ぶ憂衣那。
(このゴリラめ......)
イ兎はため息をつく。当然のことながらイ兎と憂衣那は同じチームである。チームは五名。三人が馬となり、その上に騎手が乗る。
一番小さくて軽いイ兎が騎手となるのは当然の帰結であった。
「私、戦わないよ」
イ兎の宣言。
「いいよ~。相手のハチマキ取らなくても、騎手が地面に落ちれば勝ちだからね。いいか、相手ぶっ壊すぞ!」
おう、と残り二名の生徒も腕を上げる。どうやらこれも憂衣那が選んだメンバーらしい。
(こんなことをして、なにか意味があるんだろうか。それよりも私は異世界で味わえなかった静かな高校生活――茶でも飲みながら文学書を読むというささやかな希望はどこに――)
イ兎が暗黒面に落ち始める。
それを遥か遠くの部屋の窓から眺める人物がいた。
「副会長。次の騎馬戦の準備完了です」
生徒会の幹事の生徒がそう報告する。副会長と呼ばれた生徒はゆっくりと右手を上げる。
「しかし、大丈夫でしょうか」
「大丈夫、とは何かね」
そう言いながら副会長は立ち上がる。意外に小柄である。窓際にコツコツと近づき、双眼鏡で下界を見下ろす。
「この暑さです。熱中症の心配も。あと、結構みんな......キちゃっているので怪我の心配も......」
「心配ないさ」
双眼鏡を覗きながらピシャリと反論をねじ伏せる。
「スポーツは戦いなのだよ。戦いは混沌の支配するところ。結果、けが人病人が出るのは当然ではないかのう」
幹事はただ礼をして、その場から走り去る。
それを見返すでもなくレンズの先を凝視する副会長。
「二年永井憂衣那、同じく草野イ兎。この二人は間違いなさそうだな。フォルクヴァルツ少佐とフォン=ヒルベルト中尉。懐かしいことだ、あの『大陸大戦』が。それと――あと何人自覚があるものがいるのか。もしくはここで覚醒するか――いずれにしても骨を折ったかいがあるというものだ。せいぜい、派手に戦ってほしいものだねぇ」
窓の側の机に双眼鏡を置く副会長。そしてゆっくりと椅子に身を預ける――
向かい合う二年生と三年生。普段は先輩後輩の仲であるが、今日にいたっては敵同士である。とりわけ運動部の女子たちがテンションを上げていた。
ぱぁんという開始の合図が響き渡る。
両陣対峙して騎馬戦が始まる。
あちこちで衝突が起こる。はちまきを取られて降参するもの。馬役の生徒が倒れて、リタイアするもの。
最初は二年生が有利なようにも見えた。
「偃月の陣か、これまた古風な」
生徒会室。副会長がそうコメントする。手元のカップを人差し指ではじきながら。
「偃月――?」
「日本もとより中国の戦陣ですよ。軍略の一つです」
「はあ」
幹事が気のない返事をする。どうも副会長の話は難しいな、と思いつつ。
「いいですか――?」
副会長は立ち上がりホワイトボードに絵を描く。
「これが偃月の陣。鶴翼の陣とは対極をなし、大将が戦闘をつとめます。攻撃力は高いものの、大将が討ち取られやすいという問題点も――」
副会長の講義が始まる。いつものことだと思いながら、再び窓の外を見る幹事。
「あらあら、二年生の騎馬はほとんど全滅のようですね」
双眼鏡で校庭を見る副会長。
「まあ、当然でしょうね。一体だれがこんな作戦を立てたのか」
「三年勝利ですね」
副会長は首を振る。やや長めのストレートの髪がふわっとはじけた。
「まだ勝負はついていない――まあそうだろうな。彼らがいる以上は――」
幹事に双眼鏡を渡す副会長。
幹事がそれを覗くと――そこにはイ兎憂衣那の騎馬がただ一騎孤塁を守っていた――