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古風な二人  作者: 八島唯
2/11

ファミレスの二人

 放課後のファミレス。

 高校生でもドリンクバーを駆使すればお安くすむ居場所である。

 周辺の高校生がたむろしている。制服がまるで万国旗のようににぎやかだ。

 その中に、清萩学園高校の制服の姿もあった。清萩学園高校の女子の制服は元女子高らしく、どこか古風ではあるが一方で現代的にアレンジされている。人気の制服でもあった。

 その制服をまとう少女が二人。

 草野イと永井憂衣那である。

 テーブルに向かい合ってお茶をする二人。

 長い黒髪のイは小さな体をソファに収めながら読書を、一方憂衣那はドリンクのストローを奥歯で噛みながら足を組んでどっかりと腰を下ろしていた。

 仲睦まじそうな、その一方で対照的な二人。

 しかし、イは手元の文庫本に視線を落としずっと、憂衣那を無視している。

「そう怒んなよ」

 チューとストローでアイスコーヒーを吸い上げる憂衣那。甘味は一切入れていない、ブラックである。

「おごってやるかんな。フライドポテトでいいか?」

「チョコバナナとマスカルポーネのパンケーキ」

「なげぇし!たけぇ!」

 お互いが転生前の記憶を持っていて、それが共通した異世界であったことを知ったのは小学生の時である。

 それから、二人の関係は始まった。

「まあ、いいじゃねえかこの世界も。食べ物はおいしいし、娯楽も多い。何より――人を殺さずに済む」

 ストローでグラスの氷をかき混ぜながら憂衣那はなんとなくつぶやく。

 異世界――それは戦争の世界であった。

 こちらの世界のちょうど第一次世界大戦頃であろうか。新兵器が次から次へと戦場に導入され、大量殺戮が完成されていく世界。

 それまで、ある意味浪漫的だった戦場がただ残酷で無情な殺人工場と化していく。

 本から目を外して窓の外を見るイ。多くの人々がただ歩いている。誰も生命の心配をしているものはいないだろう――

 イは決して憂衣那のことが嫌いなわけではない。そしてこの体にも慣れ始めていた。

 たまたま、前の記憶を持っているだけ。生まれ変わりの一種として考えたらそんな特殊なことでもない。平和な世界に生まれたのだから、せいぜい平凡に平和に人生を全うしようと――

 その時、悲鳴が店内に響き渡る。

 思わず振り向くイと憂衣那。

 そこには背はそれほど高くはないが、ガッチリとした体型の男性がふらふら立っていた。

 うつろな目で手にはガラスの瓶のようなものを手に持ち。

 その後ろには同じくらいの年代の女性がうずくまる。先程の悲鳴はその女性のもののようだった。

 状況を飲み込む二人。

 何かしら聞こえない言葉を口の中でつぶやく男性。うつろだった目が見開かれて、二人の方をにらむ。

 憂衣那は察する。次は自分たちに標的を合わせてきたことを。

 それは男性の行動によって示される。少し血がついた瓶――ギザギザに割れたほうをゆらゆらと二人の方に向ける。

 男性は決めたようだった。比較的小柄で弱そうなイを次の対象に。

 店内に悲鳴が上がる。思わず顔を覆う客もいた。

 しかし――思いがけないことが起きる。

 イは制服姿のまま、遥かに体格の良い男性の右手を逆手に固めていた。いともたやすく、文庫本をわきにはさみながら。

 床には先程の瓶が落ちて割れる。

 微動だにしないイ。なんら驚くべきことではない。

 イの『能力』であればこのくらい、朝飯前なのだから。

 「初歩の護身術だよ、おっさん。小手返しだぁ。これ以上暴れると、更に痛くなるぜ」

 もがく男性。それを見たイはスカートのまま、膝を男性のみぞおちに叩き込む。地面に崩れもがく男性。

 店員とそれに通報された警官が二人のそばに駆け寄る。顔を見合わせる二人――床の上でもがく男性を見つめながら。


「まったくめんどくせえなぁ......」

 警察署を後にする二人。

 『突然、あの人が襲いかかってきたんですが、足を滑らしたのか――テーブルの角かなんかに体をぶつけて――』

 余計な騒ぎを避けるため、イは警官にはそう説明する。

 しかし実際はイ一人で暴漢を撃退したのだ。

 平和なこの日本でそういう行動が取れるのは――職業的な格闘家、警備関係者、警察官、そして自衛隊員――

「この体になっちまって、かなり筋肉は落ちちゃったがな。まあできる限りで当時の動きはできるんだよな。エリーアス=フォン=ヒルベルト中尉」

「うるさい」

「お前は格闘戦も得意だったものなぁ。俺にはかなわないが」

 口調が男性のものになる憂衣那。

「知識も反射神経もあの世界と同じ。ほんとに変なことだよなぁ」

 手を後ろに組んでそう憂衣那はつぶやく。

 『転生者』とかいうらしい。最近ライトノベルとかで知った知識である。

「大体あういうのは異世界に転生して無双ってやつじゃん?チートで最強魔法?みたいな。イは読書家だから詳しいだろ、そこんとこ」

「私は外国文学しか読まない」

 イのそっけない言葉に憂衣那はため息をつく。

「この平和な時代に、女として生まれ、女子高生として生きている――まあ、さっきみたいな弱いものを狙うような通り魔に対してはいいかもしれないけど――警官、自衛隊、外国人部隊――まあ、今さらそういうとこに行かなくてもいいかな。平和に平和に」

 そんな言葉を聞きながら、イは空を見上げる。

 もう暗くなっていた。星がぼんやりと輝き始めている。

 その星だけはかつての母国の空と同じように輝いていた――

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